29 settembre, 2007

高速チューン!

久々にコンピアルバムに手を出しました。

BATTLE JAZZ BIG BAND ultimate fast tunes
BATTLE JAZZ BIG BAND ultimate fast tunes2

です。
この2枚のクレジットを見るだけでテンションあがります。

Woody Herman、Buddy Rich、Maynard Ferguson、
Jaco Pastorius、Gil Evans、穐吉敏子、渡辺貞夫・・・

僕の大好きなバディ・リッチも入ってるし!
稀代の天才ベーシストジャコ・パスもある!
メイナード・ファーガソンは
「ニューヨークへ行きたいかー!」
のアメリカ横断ウルトラクイズのテーマソングでも有名。

でこれは、彼等のfast tunesを集めたコンピアルバムです。
頭から最後までfast,fast,fastです。
僕は、これを聴き首を縦にふり拍を取りながら出勤しました。
傍から見ると2,3歩距離を置きたくなるような変な人だったでしょう。
しかし、これは朝からやる気の出るCDです。

折角ですからタイトルコピペしておきます。

BATTLE JAZZ BIG BAND ultimate fast tunes

1. フリーダム・ジャズ・ダンス
2. タイム・チェック
3. サンバ・デ・ハップス
4. テイルズ・オブ・ローダ・ラット
5. エアジン
6. ドミンゴ
7. ♯11
8. ザ・ヒーツ・オン
9. ニカズ・ドリーム
10. ストライヴ・フォー・ジャイヴ
11. ヤ・ガッタ・トライ
12. アフター・ミスター・テン
13. アナクルシス
14. ロード・タイム・シャッフル



BATTLE JAZZ BIG BAND ultimate fast tunes2

1. エアメール・スペシャル / クインシー・ジョーンズ・アンド・ヒズ・オーケストラ
2. ナットビル / バディ・リッチ
3. サム・スカンク・ファンク / ブレッカー・ブラザーズ
4. ストレート・ノー・チェイサー / バディ・リッチ
5. バードランド / メイナード・ファーガソン
6. インヴィテイション Invitation / ジャコ・パストリアス
7. ノー・ジャイヴ / バディ・リッチ
8. ミラノの饗宴 / 秋吉敏子&ルー・タバキンビックバンド
9. ソング・フォー・ユー / フィル・ウッズ&ミシェル・ルグラン楽団
10. チェイシング・アフター・ラヴ / 秋吉敏子&ルー・タバキンビックバンド
11. ディスコモーション / カウント・ベイシー
12. アップル・ハニー / ウディ・ハーマン
13. イエット・アナザー・ティア / 秋吉敏子&ルー・タバキンビックバンド

26 settembre, 2007

Silky Six

愛車のM3がまたまた入院となりました。
原因は、またまたクーラント漏れです。
運転席の足元のパネルがピラピラしていまして、
その隙間から120度を超える熱湯が僕の足を直撃するのです。
何と言いますか、
熱いと言うか痛いと表現するのが適切かと・・・
このまま乗っていてはオーバーヒート=M3再起不能となります。
そんなわけで、主治医のtake-Mさんへ直行の上、
緊急入院、即手術となりました。
その間、足が不自由となりますので、代車をお借りしました。

E34という型のBMWです。所謂5シリーズの二つ前の型です。
これまで、2台BMWに乗り、散々BMW・BMWといいながら、
BMWの真骨頂である直6エンジンのBMWには
乗ったことがありませんでした。
ちょっとした詐欺師じゃあないですか?

早速エンジンを始動、動かしますと、高級外車やなぁと
意味の分からない感想を抱いてしまいました。
大人のセダンですから、車重は重たいです。
しかし、滑らかなエンジンフィール(だと思う)、
これが直6かぁと素人丸出しののぼせ上がりです。

そのまま、京橋辺りまで行きまして、
帰りは一人で阪神高速を思う存分ぶっ飛ばしてきました。
と言っても時速“ぬうわ”㎞程度までです。
はぁ、お金があったらこんなんも欲しいなぁと、
現実味の全く無い妄想に耽りながら帰ってまいりました。

今、ウチの駐車場にドンと鎮座されております。
威圧感マンチャコです。
ご近所の皆さんは、
「この家はBMWばっかりなんなの?」
と思っておられますでしょうか?

25 settembre, 2007

印象操作

ノーヘル2人乗りの女子高生が重体

 24日午前4時40分ごろ、大阪府東大阪市荒本新町の
国道308号交差点で、パトカーに追跡されていた2人乗りの
ミニバイクが赤信号を無視して進入し、乗用車と出合い頭に衝突。
後ろに乗っていた高校2年の女子生徒(17)が投げ出されて頭を打ち、
意識不明の重体。運転していた無職の少年(16)はミニバイクを
置いて逃走したが、約20分後、現場に戻ってきたという。
河内署は、自動車運転過失傷害と道交法違反(無免許運転、ひき逃げ)
の疑いで、この少年を逮捕した。
 調べでは、パトカーには布施署地域課の巡査長(31)と
巡査部長(41)が乗務し、暴走族の取り締まりにあたっていたところ、
同市横枕の市道でナンバープレートをタオルで隠し、ヘルメットを
かぶっていない2人乗りのミニバイクを発見。約300メートル
追跡したところで事故を起こしたという。
 逮捕された少年は右ひじに軽傷、
乗用車の男性会社員(29)にけがはなかった。

http://www.sankei.co.jp/shakai/jiko/070924/jko070924004.htm

SankeiWEB(2007/09/24 13:12)より

上記記事を読んで、

①意識不明で重体の女子高生が可愛そう
②乗用車の男性会社員にけがが無くて良かった
③警察官の追跡は無茶、処分すべき
④大阪人はどいつもこいつも無茶しよるなぁ
⑤こういう社会の屑どもは徹底的に潰すべき

どういった感想を読者は単純に持つんでしょうか・・・

22 settembre, 2007

おめでたい

明日は、いとこの結婚式、披露宴です。

CINQUE CLASSICOさんで6月に誂えた黒のスーツに、
BARBAのシャツ、A.MANETTIの黒のストレートチップ、
それと片手で持てる小さいカバン、あれなんでしたっけ?
全身上から下までCINQUE CLASSICOでかためて
出席しようと思います。

で、ネクタイなんですが、黒のスーツに白のシャツ、
シルバーのネクタイでも良いものなのでしょうか?
それとも白が良いんですかね?

ウチの父方の祖父は黒の燕尾に白のシャツと白と黒の
レジメンタイでいつも登場します。

祖父曰く
白と黒のネクタイはおめでたい席で着用するものだそうです。

ということで、仕事も今日はここまでで、
ネクタイの相談に、
今からチンクエさんに行ってきます。

21 settembre, 2007

恩師について

恩師と本当に思える人がひとりでもいる人は幸せです。
僕にもいます。
この人がいるから、はずかしい人生は送られない。
この人に認めてもらいたい。

この人とは国家公務員を定年まで勤め上げられた方です。
縁あって、たった1年でしたが接点を持つに至りました。
測量の学校の講師と生徒です。
退官後に念願だった教育者へと第二の人生を転身されました。
しかし、僕の恩師が公務員とは因果なものだと思いました。
日ごろ、公務員といわれる方々とは喧嘩しかしませんからね。
恩師は公務員時代に
「公務員時代俺は鉛筆1本だって無駄にはしなかった。
 これ全部税金で買っているんだからな。」
と仰るほどの方でした。
これ、冷静に考えれば普通なんですが、
この発言を「すげ~!」と言って聞いてしまう
僕の感覚というか、公務員不祥事の多さが悲しいです。
公務員としても優秀な方でしたが、
我々にとっては教育者としての恩師の情熱に
惚れて、卒業した今もお付き合いをさせていただいています。

卒業を間近に控え、ある言葉を我々に送ってくれました。


★学問は自分より上の人を目標に学び、
 生活レベルは自分より下の人を見て歩め。
★信用は金では買えない、信用は一日
 で失墜することができるが、その回
 復には20年はかかると思え。

この言葉を紙に書いて配ってくれました。
今でもその紙は持っています。
定期入れに入れています。
電車やバスに乗った時に時々見ます。
一度、洗濯してしまってボロボロになりかけたんですが、
文字はまだ読めるので乾かして持っています。

師弟関係など排除したがる傾向が昨今強いように思われます。
楽に生きることは悪くはないかもしれませんが、
自分に叱咤激励など、ともすれば反感をかいかねない言葉を
あえてかけてくれる人、先輩などはその存在に感謝しなければ
ならないと思います。
自分のことを本当に叱ってくれる人、なかなかいませんよ。
僕の恩師は顔を蛸のように真っ赤にして、我々出来の悪い徒弟を
導いてくれました。

恩師に良くやったと言ってもらえるような人生を送りたい

19 settembre, 2007

足あと

WOWOWのJAZZ FILEという番組で、バディ・リッチを観ました。
僕が聴いたことのない曲をやっていて楽しかった。
1978年のオランダでのコンサートの模様だったのですが、
この時の面子がとてもリッチと相性が良く、
2年程ほぼ固定でコンサートをやったそうです。

僕にとってバディ・リッチはアイドルです。
しかし、彼が亡くなったのが1987年ですから、
僕は12歳のハナタレ小僧で、バディ・リッチの存在などは
知るはずもなく、リッチを知ることになるのは、
それから7年の月日を要しました。
初めて聴いた時は背中に電流が流れたような気がしました。
ソロのテクニックは圧倒的で、ライドシンバルが奏でるスイングは
バンドをグイグイと牽引して、そのリズムは多彩。
ジャズ、ロック、ファンクあらゆるジャンルを網羅し、
それが彼のスタイルになっているようでした。

そんなバディ・リッチの恐らく全盛期の演奏を聴いたのですが、
今聴いても演奏の鮮度は褪せることなく、
僕のハートを鷲掴みします。
長いドラムソロはともすればアマチュアドラマーの僕でさえ、
くどいなぁと飽きてしまうのですが、
バディ・リッチのドラムソロはそれだけを切り取っても、
エンターテイメントとして成立しており、
観る者を飽きさせません。
フランク・シナトラとも競演したりと、
今でさえマニアのモノと思われがちなJAZZは、
バディ・リッチの手にかかればメジャーサウンドとなりました。

スティーブ・ガッド、オマー・ハキム、マヌ・カチェ、
デニス・チェンバース、デイブ・ウェックル等草々たる面々が、
バディ・リッチに憧れていたことを隠しません。
そして今なお尊敬するドラマーでありエンターティナーであると
口を揃えます。

1歳から舞台に立ったという稀代のエンターティナーバディ・リッチ
僕も彼に憧れ彼のシグネチャースティックを楽器店に行って
買ったのですが、とても長くて扱いきれませんでした。
やはり僕にとってもバディ・リッチは
永遠のアイドルで追い越せない背中です。

バディ・リッチが亡くなって20年が経ちました。
彼に影響されたミュージシャンが今も世界中で活躍しています。

18 settembre, 2007

胸のすく思い

僕が軽度のトラキチであることを差し引いても
大絶賛したいある方の発言を目にしました。

http://news.livedoor.com/article/detail/3311102/

こちら、是非お読みいただきたいと思います。

星野仙一さんの発言とのことですが、
おっしゃるとおりとしか申しようがありません。

“安倍首相自殺”説が飛び交ったとか、
今更何をかいわんやですが、
ホンマにこいつらは腐っとる。

死人に鞭打つとは正にこのことで、
情などとは無縁な世界に住む、
こいつらは売れれば何をやっても良しの
ケダモノです。

もう、こちらをお読みいただいている皆さんには、
何度も申し上げていることですが、
マスコミを全て信用し、その発する情報を全て
鵜呑みにするのは危険過ぎます。
くれぐれもお気をつけください。

*何をかいわんや・・・驚きあきれて言葉もない、論外だの意

17 settembre, 2007

普通の文章

先週はずっと季節の変わり目の恒例の風邪で、
少々体調が悪い中15,16日と美方町へ行って来ました。
例年になく順調な行程で、途中朝来のPAで
知り合いに遭遇したりと何とも気味悪いな、
などと言いながら、昼飯を八鹿の道の駅で
食べて確か4時前には目的地のコテージへ到着しました。
空模様も当初懸念していた雨も降る気配無く
6時にはバーベキューが始まり、10時過ぎには、
毎年恒例の「UNO」が始まりました。
ただ、僕の体調は芳しくなく、
UNOの最中も鼻がつまり、頭がボーっとして、
その上負けが込んで、辛い時間の消化になりました。
午前0時には一足先に就寝、
UNOで負けてしまったので
翌朝の朝食係となってしまいました。

7時起床、O氏と共に朝食を作りました。
何のことはない、味噌汁と炒め物です。
朝から重めの食事になりました。

10時には全て片付けて移動開始、
香住方面へ行く予定が、
ドライバーが道を間違え何故か鳥取方面へ・・・
となるとお約束の“砂丘”となるわけですね。
何度か行ったことのある砂丘、まぁ面子が違うので
それも一興ということで向かいますと、
大勢の観光客と
“珍走団(世間一般では暴走族と呼ぶ)”
でごった返していました。
友人の過去の恋愛のトラウマを無事払拭できて、
一応意味のある砂丘訪問ができました。

鳥取市内で遅めの昼食
面子の懐具合もあり、回る寿司屋に行きました。
はまちとあじが境港で水揚げされた物とのことで、
楽しみにいただきますと、これが新鮮で
予想を遥かに超えて美味しかったです。
しかし、この頃には耳の調子が悪くなり、
常に聞こえにくい状態になっていました。
幸いなことに頭痛や体のだるさなどはなく、
何とか楽しめていたと思います。

帰りの車中はドライバー(先輩)には申し訳なかった
のですが、結構寝ていたような気がします。
頭がボーっとして辛かったです。

20時前には神戸に着き、うちの近所のそば屋で、
ざるをいただき、帰りました。

これまで何度も行っているのですが、
今回、体調が優れない中強行したのですが、
何とか無理やり形にすることができました。
気を遣わなくても良い面子でしたから、良かった。
来年も当然計画しますが、
何よりも体調管理を優先することにします。

で写真なんですが、それどころではなかったので、
一枚もありません。
他の連中が撮っていると思いますが、
また来年です。

こんな駄文を最後まで読んでいただいた方々、
ありがとうございました。
お疲れ様です。

15 settembre, 2007

日本人のバカンス

これから美方町へ1泊行ってきます。
ここは、この時期夜間はとても涼しく過ごし良いので、
ちょっとした避暑には最適地です。
今年でもう5回目くらいでしょうか、
高校の吹奏楽部の先輩や後輩達と行ってきます。

天気との相性ですが、毎年悪いんですよね。
さて、今年はどうなるのでしょうか?
天気予報は今ひとつ芳しくありません。
今、神戸は晴れです。
山の天気は移ろいやすいといいます。
楽しみですね、雨の中のBBQは・・・(泣・・・(笑

13 settembre, 2007

安倍首相辞任に思う

安倍首相辞任について、
各方面でさまざまな反応がありまして、
なぜ今?
と皆一様に不思議がっていますが、
安倍首相は最後の最後までテロ特の延長を
模索していたのだが、いよいよ切羽詰まって
いかんともしがたい状況に追い込まれたんでしょう。

例えば虐められた子供が最後に自殺を選ぶタイミング
みたいなものかと思ったりします。

思えば、政権発足当初より安倍首相就任を快く思わない
左翼勢力、とりわけ朝日・毎日を主としたメディア各種の
批判は、前例を見ないほどに厳しく、酷いものでした。
何かをすれば批判の嵐、政策そのものをどうこう言うのではなく、
保守の安倍そのものが憎くて仕方が無いといった感じです。

安倍首相は教育基本法改正や北朝鮮に対しては国連の制裁決議とは別に、
より厳しい経済制裁措置、防衛庁の省昇格、憲法改正の道筋をつけるなど
これまでしたくても誰もできなかったことを実現させてきたのです。
これは、いずれも目先の利益ではなく遠い将来を見越した措置であり、
正に国家の将来を見据えた政策を実現させたのです。
この業績は、それこそ遠い将来に評価されるものと確信します。

組閣時の人選ミス、参院選大敗後の後処理の拙さ、
閣僚スキャンダルの対処の甘さ、慰安婦問題への対応、
靖国神社への不参拝など応援する者としても
疑問を投げかけたくなることはそれこそゴマンとあるわけですが、
人は誰しも完璧ではなく、それは総理大臣であっても同様なわけです。
何れもその時安倍総理が熟慮に熟慮を重ねた上での判断であったのなら、
応援する者としては、奥歯を噛み締めながらも堪えざるを得ませんでした。
ですから、辞任表明も時期については多くの批判がありましょうが、
悩みに悩みぬいた上での決断だったと思います。

僕が我慢なら無いのは、
政策的に応援できない人物が適法に首相になり、
適法に政策案を決議し、その他の部分でマイナス評価を受けた。
そして、辞任をした。

それを持って安倍首相に罵詈雑言吐いて、
挙句の果てには、もう表舞台に帰って来るなと言わんばかりの
内容を書き連ねる連中です。

冷静に見てみると今現在、週刊誌が安倍総理の相続税疑惑を調査とか、
隠し子を調査とか、統一教会との疑惑とか言われているわけですが、
それは何れも飽くまでも疑惑程度に留まるものであり、黒と決まった
ものではありません。そんな段階で飛ばし記事的に先流ししておいて、
後から追っかけなどとは、卑怯極まると思います。
誤解を恐れずに言えば、それらは国の未来を左右する政策とは
直接何の関係もありません。
仮に、その全てが黒であったとしても、
安倍首相が国の為にその命を削っているのならば、
それくらいは、本当に大したことの無いことです。

彼等は、イデオロギーだけで安倍首相を拒否し、連日朝から晩まで
あることないことで安倍首相を批判し続けてきたのです。

そこには、国を思う心なんて露ほどもありません。
現在の青少年の荒廃は何故なんですか?
多くのメディアで日教組に批判が集っているじゃないですか?
教育基本法を改正しようという動きは批判できないでしょう。
北朝鮮に拉致された同胞を救おうと首相が命を削っているのに、
メディアは国民は何故応援しようとせず、批判ありきなんですか?
そこは「安倍、頑張って取り戻してくれ!」でしょ!
国を、国民を敵国から守るのは政治・行政ですよ。
国防機関が国の主要組織であるのは地球の常識ですよ。
財務、第一次産業、外交と肩を並べて当然です。
安倍首相は、戦争をしようとして防衛省昇格をしたわけではありませんよ。
そんなこと誰でも分かるでしょう。
どうしてそれを批判できるんですか?

安倍首相は歴代の総理大臣に負けないくらい、いえ、橋本や宮澤などに
比べれば遥に志高く国を思う総理大臣です。
「美しい国」を本当に取り戻したかったと思います。
それを枝葉末節ばかりをあげつらって
「何が美しい国だよ。」
と嘯く連中の品性を僕は疑います。

確かに、領収書の五重計上などは犯罪ですから、
しかるべき処分を受けるべきことくらいは当然です。
それをどうこういうつもりはありません。
しかし、それに優先する憲法や国防に
安倍首相は手を付けたかったのです。
年金問題なども大事ですが、それをおざなりにせずに
処置したと思います。
しかし、国防や憲法はそれにも優先する事項です。
サヨクやメディア、民主党は安倍首相にそれをさせずに、
そのまま参院選に突入、内閣の不手際もあり
自民惨敗、そのまま何もできずに昨日の辞任劇となったわけです。

僕は、この1年を振り返ると、安倍首相の辞任は、
国民が安倍首相を切り捨てたのではなく、
安倍首相に国民が見捨てられたのだと思います。
このつけは絶対に後でやってくると思います。
安倍首相に見捨てられたこの国の行く末が案じられてなりません。

小沢民主党に何を期待しましょうか?
安倍内閣閣僚に引けをとらないくらい
スキャンダルにまみれた政党なんですが・・・
さて、小沢は10億円のマンションの件とか、
何といって切り抜けますか?
ほらあんた、もう顔から血の気が引いていますよ?

今は黙ってお手並み拝見です。

安倍首相は国民に対して謝罪しなかったと
マスゴミはバカ丸出しにキャンキャン吼えていますが、
当たり前でしょう。
いつまでたっても足を引っ張るバカな日本国民を
安倍晋三は見限ったんですから・・・

僕は、テメーだけのことしか考えず、
辞任で国民に謝罪をしなかったとわめき、
ご苦労様の一言も言うことができないバカなサヨク共に代わり言いたい。

安倍首相、ご苦労様でした。
今は、ゆっくりお休みください。
そして、力を蓄えこの国にきっと来るであろう危機の時には、
どうかこの国の力になってください。

12 settembre, 2007

再会


PCの写真フォルダを整理していたら、
懐かしいヤツに会いました。
上の写真、僕の前の愛車の運転席です。
前の車はBMW E36 318is という車で、
入手してから2年とちょっと乗っていました。
最初は足代わりにと思って30万円で知人より個人売買で
購入したのですが、乗ってみるとあっという間にBMWマジックに
かかってしまい、
足回りにビルシュタインを入れ、
ATだったトランスミッションをMTへ換装すべく、
熊本の何でも屋さんから同じ318isの事故車を買い、
take-Mさんに頼んで安くミッションを入れ替えてもらったのです。
150万円くらいかけて色々やりました。
排気量は1.9lで軽快で、エンジンも良く回り、とても面白い車でした。
好きになってしまうと結構のめり込む性質の僕は、
BMW関連の本を読み込むうちに本当にレースに出ていて、
すごい記録を打ち立てた車があるということで、
今のM3を買うことにし、
318isは可愛がっている後輩に譲ることしたのです。

で、この写真を見て、
「あ~懐かしいなぁ。」
「この車であそこも行った、ここにも行った。」
「セルシオに煽られて、千切ってやるとバカな真似を
 して軽く捻られたこともあった。」
とか思い出します。

MTに換装したときは、本当に興奮しました。
takeさんに無理を言って、作業をちょこっと見させてもらったり
しました。
で、
「ひであきさん、出来上がりました。」
と改めて自分の車の鍵を受け取って、
連れて行った後輩を隣に乗せて、セルを回して、エンジンかけて、
クラッチを踏んで、ギアを1速に入れて、アクセルを踏んで、
クラッチを離しかけたらエンストした・・・
takeさんがめっちゃ心配そうな顔してた。
隣の後輩が
「大丈夫ですか?」
と心配そうに一言言った。
そんなことを思い出します。
まぁ、無事その日は帰ることができたんですよ。

で、今はレーシングパターンのマニュアルトランスミッションを
積むE30M3を手足のように(とはいきませんが)楽しんで乗っています。

isは僕に車の、とりわけBMWの楽しさを教えてくれた車で、
BMWの提唱する

    駆け抜ける歓び

を存分に味あわせてくれた相棒でした。
今は、新しいオーナーに同じ歓びを
また与えてくれているんだろうと思います。

11 settembre, 2007

ポジティブ・シンキング

中学時代は家に歩いて帰られなくなるくらいに
辛い練習を続けてきました。
まだ、水を飲むと顧問に怒られた頃の話です。
あの時代に人生で僕が走ることとなる距離の
8割以上を走ってしまったんじゃないかと
今でも思っています。
本当に辛かったけど、退部せずに良くやりました。
高校に入ったらこの走りこみを生かして
サッカー部で活躍してやると本気で思っていました。
陸上部でした。

高校時代は、同じ部の同じパートのE子ちゃんに
3年間で7回振られました。
何度も振られるうちに半分やけくそ、
半分まだ可能性が残っていると
今風に言えばかなり“イタイ”バカでした。
あの時代に人生で僕が告白する回数の
8割以上を費やしてしまったんじゃないかと・・・
は思いませんが、
さすがに7回も振られるともう一生女の子と
付き合うことなんてないんじゃないかと
思うくらいに辛かった・・・
けど退部せずに最後まで続けました。
E子ちゃんは好きでしたし、
ドラムも好きでしたからね。
吹奏楽部でした。

「あきらめたらそこで試合終了だよ。」
安西先生はそうおっしゃいました。

駆け引きはいけませんね。
打算ももひとつですな。
不作為は大罪。
“かっこつけ”は・・・ブサイクですね。
パンツの裾は5㎜単位で注文をつけない方が
かっこ良く仕上がるんじゃないですか?
怖気づいたら我が国が誇る魔法の水
日本酒の力を借りましょう。
不思議な力が湧いてきます。

さぁ、人生楽しくなってきました。

10 settembre, 2007

思い込み

「ちょっとポスト見に行ってくるわ。」

ウチのビルの1階の“郵便受け”に
郵便物が届いていないか見に行く

何も入っていなかった

事務所に戻る

「ポスト入ってなかったわ。」

「ひであきさん、ポストじゃなくて
 郵便受けでしょ?」

「あ、そうそう郵便受けや。」

みたいに、なかなか矯正できない
くだらない思い違いってありますよね。

僕は、このポストと郵便受けがごっちゃになって、
と言いますか、ポストはポストなんですが、
郵便受けがポストになってしまいます。
なんとかならないものかといつも思っています。

***



只今こんな感じですよ、巨匠!

09 settembre, 2007

錯覚

あの王将の餃子7人前、20分で食べられますか?
出来そうな気がするでしょ?
しません?
しませんか?
できると思うでしょ?
できたら1万円やで!
でもできんかったら一緒に飯食ってる
俺のラーメンセット代と俺に5千円よこせよって
言われたら
「よっしゃ、もろたで!」
ってなりますよね。

3年前くらいでしたかね、
やりました。
4.5人前で撃沈しましたよ。
悪夢でした。
武士の情なのかラーメンセット代だけで、
勘弁してもらいました。
7人前を頼んでしまったので、
残りの2.5人前をお持ち帰りしました。
翌日いただきましたよ、涙と共にね。
屈辱でしたわ。

それでね、今回それに挑戦する“カモ”が
現れました。
高校時代からの友人です。
ヤツは、
「そんなん簡単じゃろ(広島人です)。」
と言うとります。

近々結果がでるんですよ。
今から楽しみでなりません。

この20分で7人前って王将でやってたらしいですね。
ってことは我々普通の人間では、まず無理なんでしょう。

ホンマに楽しみですわ。

え!?
そこのあなた、挑戦されますか?

07 settembre, 2007

追いつけない背中

中学、高校とドラムで飯が食えたらなぁと、
ガキ特有の淡い夢というか希望というか
そのような漠然としたことを考えていました。

中学時代は高橋まことの
「男のロック!!」
「エイトビート命!!」
みたいなプレイにしびれていたのですが、
高校に入って音楽室と部室を乗っ取るべく吹奏楽部
に入ったのですが、やる音楽が全然面白くなくて、
しかも、練習がこれに輪をかけて面白くなくて、
更に更に音楽室を乗っ取るなんて、
絶対にできなさそうだし・・・
ひとりでドラムと戯れていました。

そんな時に日本で一番有名なフュージョンバンド
T-SQUAREに出会いました。
NEWSというアルバムのオープニング曲
MEGALITHという曲にぶっ飛んでしまいました。
まず、歌が無い(笑
難しそうなことをやっていることは分かる。
ドラムがパラパラなっていて、数人で叩いてそうな感じ。
なんといっても曲が洗練されていてスタイリッシュで、
そりゃあもう、おったまげました。
なんで今までこんなバンド知らんかったんやろ?
それ以来、ロックは捨ててフュージョンのドラムばっかり
練習しました。
太鼓の世界にはルーディメンツという
スティックコントロールの教則メソッドのようなものが
あるのですが、フュージョンをかっこよく叩くにはこれは
必須で、これを毎日パラパラとやりました。
もちろん、T-SQUAREをはじめとする日本のフュージョンを
はじめ、世界のフュージョンを聴き漁りました。
そしたら、吹奏楽のマーチはこのメソッドをこなすことが
できるならスネアはかっこ良くたたけることが分かり、
吹奏楽も楽しく演奏することができるようになりました。

で、色んな演奏会に行けば、他校の男の部員がドラムを
叩いている姿も目撃するのですが、
「こいつは俺より下手やな。」
とか
「こいつはセンスがないな。そんなんじゃあ、百年やっても
 うまならんで。」
とか“いっちょまえ”にそんなことを考えるようになりました。

(まぁ、僕は本番で大失態をさらしているのですが・・・)

ただ、聴けば聴くほど、練習すればするほど
太鼓で飯は食えんなぁというのを身にしみて感じました。
高校3年生の冬、正月用の餅を製造するアルバイトの賃金で、
JIMSAKUの「100%」というCDを買ったのですが、
これを聴いて
「あ、絶対無理や。」
とあっさりと別の人生を歩むことを決めたのです。

このCD、今でも良く聴きます。
一度聴いてみたい方は、僕へ連絡ください。

06 settembre, 2007

Autostrada

そろそろ書かんとあかんなぁと思い、
PCに向かうのですが、
何かを批判するものしかネタとして
思いつきません。
本よりカテゴリを限定しておらず、
商売ブログでもないので、
何を書いても良いとは思うのですが、
人を批判するというのは、例えそれが
自分の正義に基づいているものであった
としても批判に対する批判へのリスクや
そもそも他人を批判することのストレス
など、
自分を信じて、絶対正しいと思って
書いていても自分が負担しなければならない
結果に対する責任は自分を疲弊させます。

世の中には100人いれば100通りの
ものの考え方があるでしょう。
社会は複雑化し、そこで起こる事件・事故は
無限化しています。
また、ある事象が他に与える影響は
僕達の想像を超えた次元にあります。
そんな中、ある一面だけを見てそれを大絶賛し、
またあるときは罵詈雑言に批判を展開するのは
面白く、溜飲を下げる人もいるのでしょうが、
それには実は裏話があるとか後日談があるとか
なり、どうも本質はちがうのでは?
といった方向になると、勇み足であった自分は
シュンとなり反省、といいますか軽く凹むんです。

一国民として自分なりの社会正義の基準を持ち、
それに基づき日々生活し、ときには天下国家を語る
というのは悪くないと思います。
しかし、この国でそれをするのは疲れます。
他国ではどんな感じなのかは知りませんが、
日本では疲れます。
何だか体に纏わり付く向かい風が強すぎます。
そんなことを考えていたら更新するのが
おっくうになってきました。
楽しいことやあたり障りの無いことだけであれば、
敢えて時間を割いてまで書くこともないので、
今後もカテゴリ限定無しで書いていきたいと思います。
日本が普通の国になって、真の日本人の真の国益を
追求できる国家になる日が来れば、
楽しいことだけ書くブログにしようと思います。

基本的に自分自身のことだけを考えてのみ生きていくのは
余りにもつまらなすぎると思います。
政治家ではなくとも国家の未来を考え
身近なことで言えば、
余計なお世話なのかもしれませんが、他人のことを
我がことのように考え進言する。
まぁ、K(空気)をY(読み)ながらですが。

今まで、そうして生きてきたわけですが、
これからもこのスタンスでやります。
楽しい人生になる気がします。