08 marzo, 2010

もっと労わりなさい



たまには靴も磨きます。
上写真向かって右のYANKOは先日のParis-Bruxellesの
石畳から僕の足を守ってくれました。
おかげでつま先はザクザクにささくれて、
雨勝ちの天気でろくに手入れもせずに
履いていたのでワックスはとれ、
雨が染み込んでいました。

とりあえず汚れを落として、クリームを塗って、
ワックスで簡単に磨きました。

そして、その隣スエードコンビがSaint Crispin'sです。
ほとんど勢いでパターンオーダーしたもの。
つい先日まで実家に置いていました。
昨日持ってきて、ついでに磨きました。
えらいもんで、高級靴は軽く磨くだけで、
あっという間にビカビカに光ります。
オーナーの言うとおりですわ。
Saint Crispin'sはYANKOのざっと3倍のお値段です。
YANKOも磨けば当然光りますがSaint Crispin's
ほど簡単ではなく、
輝きもそれには及びません(あくまでも僕の腕では)。

しかし、このブログでも書いていると思いますが、
不思議なもんで履き心地はYANKOの方がしっくりきます。
きつすぎず、緩すぎずほんまジャストサイズです。
ということで、先日の旅行でもフル稼働、
連日過酷な環境で頑張ってもらいました。
で、遅まきながらの今回の手入れとなりました。

一月ほったらかしにしてましたが、
手入れをしてやれば元通り、
革もしっかりしていて、まだまだ現役第一線で活躍できます。

なんや、そこまで愛着無いとか、
特に好きというわけではないとか言っておきながら

俺結構靴好きなんやんけ(笑
ただ靴に対する知識が浅いというだけやね。

05 marzo, 2010

ブーツ欲しいねん病


AUBERCYでみつけたブーツ、
オーダーということで購入を断念したブーツ、
最近、更に「僕もブーツ欲しいねん病」です。
もう季節は春なんですが「僕もブーツ欲しいねん病」です。

医者に行けばどんな症状でも
病名を考えてつけてくれるらしいですが、
今僕が医者にかかれば、
「あ~、あなたブーツ欲しい症候群ですよ。」
って言われそうなくらいにブーツ欲しい病です。

あ~、「やっぱParisで買っときゃよかったかな。」
と思ったりしますが、
圧倒的な言葉の壁、時間の壁、国境の壁の前に、
断念せざるを得なかったことを思い出して自分を慰めています。

もうスエードコンビを夏に向けては無いなと思うので、
この冬になんとか買えるようにお金貯めましょう。

ブーツといえばCinq essentielにTricker’sもあるか・・・
これなら今でも買えるかも・・・

まぁ、その前にASQUITH(でしたっけ?)です。
これは近々購入です。

26 febbraio, 2010

BMW E46 320i Msports


私の現在の愛車です。
以前乗っていたE30 M3は乗り心地や維持費の問題で、
奥さんから手放すように言われ、泣く泣く手放すことに、
でも、お互いの実家への行き来などを考えると、
車が無いと不便なので、やはり代わりの車を買うことに。

奥さんはそれこそDAIHATSU Miraとか、
「軽自動車で良いやん」と。
僕は、ついこの前までM3に乗っていたので、
Miraは無いなと、
Miraが良い車とかそうではないとか言っているわけではなく、
車そのものが比較対象にあるわけではないのです。
ただ僕の趣向がそちらにあるということですね。
できる範囲でその方向の車に乗りたいですと。

M3は昨年4月頃に手放し、
“結婚前の”僕が買うということと、
結婚後も僕がメインで乗るからということで、
色々と僕も譲歩した末に46 320に落ち着きました。
僕もあれこれ強気に出られるほど
バカバカ稼いでいるわけではないので、
46 320iは僕にはもったいない車だと思って、
今はそれなりに機嫌良く乗っています。

購入に際しては、
MACの宮本さんにえらいお世話になりました。
次の車もなんとしてでもBMWと思っていましたが、
現行型のE90のスタイルには今のところ全く興味が無く、
E87はどうせ乗るなら130i M-Sportやなぁと思うのですが、
3リッターの6速MTだったら前の車と何が違うんやとなるし、
やっぱり中古車でも高かったので却下、
値頃なE46に狙いを絞りました。
E46でも、どうせBMWに乗るならシルキーシックスに乗るべきだろうと、
直列6気筒モデルを探すことに、
それでも高排気量車は税金面での維持費で
奥さんに渋られるだろうと思いまして、
後期モデルの320i(2.2L)一本にしました。
この車、僕の想像以上に玉数が少なく、
程度の良いものは200万円近くなり、
結婚資金のこともあるから安く抑えたいなぁという
僕の希望には合わず、宮本さんには色々探してもらいました。
で、なんとか今の車を見つけることができて、
購入となりました。
まさか未だに外車に乗っとるヤツは金持ちというヤツはいない
と思いますが、まぁ色々とシビアに車を選ぶんですよ。
で、乗ってみての感想なんですが、
確かに6気筒は2リッターそこそこでも余裕の走りやなぁと思います。
しかも、当たり前ですが快適(笑。
この車に乗って確信したんですけど、
僕が好きな車は、4気筒でガンガン回すタイプのヤツ、
正に僕がこれまで乗ってきた
E36 318isとE30 M3なんだと思いました。
ボディもそんなに大きくないヤツ、
当然マニュアルミッションで。
でも、もう暫くこんな車には乗られないと思います。
仕事頑張って、自転車で体力低下を遅らせて、
もう少し稼いで、まだ僕の好きな車が世の中にあれば、
もう一度乗りたいです。

ある日あるお店でお昼ごはんを済ませ車に戻ると、
こいつが“僕の車のボンネットの上で”ひなたぼっこしていた。
かなり近寄っても逃げない、
そうしているうちに
次の餌食(エンジンの温かい車)がやってきた。
僕らは家に帰ります。
さっさとあっち行けや(笑

25 febbraio, 2010

新婚旅行に行って来ました(最終日編)

 全ての日程を終え、日本へ帰ります。
1月28日6時半頃に巨匠宅から我々と
巨匠夫妻もでかけます。
我々3人は日本へ、巨匠夫妻はフィレンツェへ
向かいます。
フィレンツェでPITTIがあるんですね。
PITTI FILATI 糸の見本市でしょうか。
(下の写真は当日の朝6時代の巨匠宅付近の道路の様子)

ブリュッセル南駅でタリスの乗車手続きをしまして、
ここで巨匠夫妻とはお別れ。
3月のCinq essentielのグランドオープンに合わせて3月中旬頃でしょうか、
に日本へ来られるとのことです。

巨匠ご夫妻、ホンマにお世話になりました。

で、予定より早めのタリスに変更してもらって、
ホームへ上がったんですが、
予定ホームに停まっている電車がその電車なのかそうではないのか・・・、
ギリギリになってこれに乗ろうと一か八かで乗りまして、
少しドキドキしましたが、どうやら“当たり”でした。

名残惜しむようにベルギーの景色を眺めていましたが、
少し眠ってしまいました。

程なく(9時頃)電車は
シャルル・ド・ゴール空港第2TGV駅(だと思います)に到着、

空港へ向かいます。

奥さんとオーナーは税関で「輸出認証スタンプ」を押してもらい、
ポストへ投函。

で、“PAUL”でモーニングを食べて、
搭乗手続きを済ませて、
オーナーは仕事、
我々は免税店をウロウロ、化粧品などを買っていました。
僕も母と義理の妹へおみやげを買いました。
13時頃の関空行きで日本へ。

帰りも耳栓のおかげで何事も無く無事到着しました。

翌1月29日午前10時頃に関空に到着、
ここでオーナーとお別れ、
オーナーは一旦お店に戻って大阪の展示会へ行くとか・・・。

僕達は三宮で昼食、うどんを食べました。
そして自宅へ帰り、
この旅行の間、奥さんの咳が止まらなかったので、
病院へ行きました。
旅行中も熱や頭痛などは無かったのですが、
巨匠夫妻やオーナーには心配をさせてしまって、
申し訳なかったです。

2人だけではないちょっと変わった新婚旅行でしたが、
オーナーの日程に合わせて行って正解でした。
向こうでは巨匠やはま子さんに通訳までしていただいて、
いつも日本で会うオーナーに日本ではない別のところで
会うというのもこれまた不思議なもので、
HOTEL LOTTIのロビーでオーナーや巨匠、はま子さんに
会った時は待ち合わせの場所に待ち合わせの時間だから
そこで会うのは当たり前なんだけれども、
それがParisであることが、なんかすげーなぁとか思ったり、

ふたりで写真撮りましょうとみんなが気を使ってくれて、
僕と奥さんとエッフェル塔とか、
僕と奥さんとアレクサンドルⅢ世橋とか
僕と奥さんとグランプラス市庁舎とか
僕と奥さんと小便小僧とか
僕と奥さんとアントウェルペンの哀愁漂う運河とか
多くのふたりの思いでも切り取ってくれました。

飛行機でえらい目に遭ってからもう海外はええわ
と思っていたのですが、心強い見方も見つけて、
奥さんはヨーロッパ好きですから、
これなら海外旅行もいいかもなぁと今は思っています。

近所のコンビニや三宮や大阪のデパートに行くかのごとく
フランス、ベルギーやイタリアなどに行くことは無理なのですが、
また行くことに決めました。

オーナーは毎年展示会などで行かれますし、
巨匠夫妻はベルギーがかなりお気に入りのようで、
日本で暮らす気は無いと断言されているようですので、
困ったことがあればこの二組を頼ればいいだろう、
(先方は迷惑千万かもしれませんが・・・)

何はともあれ無事に日本に帰ってこられました。
今はもう仕事漬けです。
改めまして巨匠、はま子さん、オーナー
ありがとうございました。

良い思い出ができました。
正にハネムーン期間は終わり、
いよいよ本当の夫婦としての生活が始まります。
皆さん、これからもよろしく

僕の奥さんの写真はNGなので、
最後に
男3人アントウェルペンのフローテ・マルクト広場にて聖母大聖堂をバックに

24 febbraio, 2010

新婚旅行に行きました(六日目編)

巨匠宅から見える朝のブリュッセルです。

そうそう行くこともない海外旅行なので、
疲れも溜まってきています。

朝一にはま子さんに近所の安くて余り有名ではなくて、
美味しいVan Denderというチョコレート屋さんに
連れて行ってもらいました。
ここで奥さんは会社の同僚などにおみやげを
買っていました。
ウチの奥さんははま子さんをえらく気に入ったようです。

さて、この日はかねてよりスケジュールに入れていた
アントワープに行きます。
オランダ語ではアントウェルペン(Antwerpen)
だそうです。
そして、この地域の公用語はオランダ語(フラマン語)
ということでここではアントウェルペンと言うことにします。

フランス語は極力ご法度で、
「Merci」も止めた方がいいそうです。
ということで英語で頑張れということです。

ブリュッセルよりも更に北に位置し、
寒さ対策は万全にして行くようにとお達しがありました。
洋服は4枚重ね着して、腹にはカイロを付けました。
ベルギーの新快速みたいなヤツで北上、
40分程度(だったと思います)で
アントウェルペン中央駅に着きました。
この駅舎がまたごつくて、

美しく飲み込まれそうな感じでした。

駅舎を出ますとブリュッセルより更に寒いアントウェルペンの
外気が待ち構えていました。
ホンマに寒いというか痛いというか固まります。
アントウェルペンの町並みです。
写真↓から寒さが伝わりますでしょうか?

色々なお店を“視察”しつつ、
腹が減ったので昼ごはんです。
ケバブを食べに行きました。
それぞれ選んで運ばれてきましたら、
僕の分だけ
やたらと量が多い。
やたらと量が多い。
やたらと量が多いんですよ。
訳も分からず頼んだらそれだったらしいです。
で、これの肉と芋をなんとか食べて、
お店を出ました。

アントウェルペン中央駅を西へずーっと歩きますと、
「フランダースの犬」で有名なアントウェルペンの聖母大聖堂が見えてきます。
ここでネロとパトラッシュが天に召されたんでしたね。
ネロが見たルーベンスの「キリストの降架」も見ました。
というか、「どれだったっけ?」と言いながら全部写真に納めて
日本に帰って調べたらこれ↓だったということでした。

聖堂内は静かで、厳か、身が引き締まります。

アントウェルペン市庁舎を撮影し、

運河の方へ向かいます。
この日一番の寒さ、風もきつく、空は鉛色、何も無い。

冬のヨーロッパです。

そして更にアントウェルペンを“視察”です。
あれやこれやと見て回りました。
途中、雑貨を扱う店に入ったり、奥さんは楽しそうに見ていました。
僕は寒さとケバブが恐ろしいほど腹持ちが良いことに参っていました。

ひと通り見まして、カフェで休憩して、帰ります。
駅までの途中で「DEL REY」でチョコレートを買って帰りました。

行き帰りの道中「飾り窓」エリアを電車が通過するのですが、
一応写真撮りました↓。

写ってませんね。
是非行って見て体感してください(笑。

ブリュッセルに戻りましたら、巨匠は日本語を教えに出かけられました。
オーナーは巨匠宅で仕事、
はま子さんがスーパーに買い物に行くということで、
奥さんとお供することにしました。
ブリュッセルも薄っすら雪が地表を覆っており、
より一層寒さを感じさせます。

これぞ冬のヨーロッパなんでしょう。
スーパーに着きまして、色々と棚に並ぶ商品を見ておりますと、
やはり、チーズの種類は多いですね。
なんや分かりませんけど、ようけありました。
それと、肉もうさぎやら鹿やら日本のスーパーには
絶対無いようなものもありました。
それと忘れてはならないものがビールです。
3種類くらい買って帰りました。
仕度をしまして、
さて、ご飯をいただきましょうとなったんですが、
昼に食べたケバブが全く消化されていません。
みんな美味しそうに食べていましたが、
僕は、ホンマに少ししか食べられませんでした。
ベルギーでトルコ料理にやられるとは、
出国前には全く想像もしていませんでした。

しかし、男同士の話も尽きることはありません。

23 febbraio, 2010

新婚旅行に行ってきました(五日目編)

五日目の朝、巨匠宅にて朝食をいただき、
ブリュッセル散策です。
この日は確か最初高級ブティック街
(ワテルル通り?)へ行きました。
GUCCIやらHERMESやらが軒を連ねていました。
奥さんはエルメスでワッカみたいな何かを探していた
ようですが、既に売り切れとのことでした(残念)。
僕は興味が無いのでそれなりです。

ワテルル通りを南下しまして、
ポウラエール広場側にある工事中の
ベルギー最高裁判所(Palais de Justice)を
防音幕越しに見て、
北西へ目を向けるとブリュッセルの町が一望できました。
ヨーロッパやなぁという感じの見事な景色でした。
そこからエレベーターで下に降り、
ミニメン通り(アンティーク街?)を北へ向かい、
ロータリーを東へ向かうと、

道すがら撮影した内臓の置物(医学用?)

お約束のピエール・マルコリーニがありました。
ブリュッセル内の色んなところにありそうですね。
ここで奥さんは大好きなエクレアを買っていました。
そこから程なく歩くと、ノートル・ダム・デュ・サブロン教会
(Eglise Notre-Dame du Sablon)
が見えてきました。

「ブリュッセルで最も美しい
 フランボワイヤン・ゴシック様式の教会。」
(ベルギー観光局情報)

だそうです。
ステンドグラス綺麗でしたよ。


その教会の前からトラムに乗りました。
下の写真は正に僕達が乗車したトラム

すみません、もうトラムに乗ったらどこへ向かったか
分からなくなりました。
巨匠について行くだけです。
どうやらルイーズ通りを東へ向かっているようです。
なぜ分かったかと言いますと、
めちゃ美味い“から揚げ定食”を食べることができる
お店に入ったからです。
そのお店の名前は「居酒ya」さんです。
本気のから揚げ定食が食べられてかなり満足でした。
店内は地元の方?と思われるお客さんもおり、
あっという間に満席になりました。
下の写真は“感動の”から揚げ定食



昼ごはんに満足しましたら、
晩ご飯の買い物を済ませて、
恐らく、今度は徒歩でルイーズ通りを北上したと思います。
道すがら色んなお店に入り洋服などを見て回りました。

そして、ロワイヤル広場
(広場中央にあるのは、12世紀末の第1次十字軍の
 指導者ゴドフロア・ド・ブイヨン国王の騎馬像。
 その背後にサンジャク・シェル・クーデンベルグ教会が建っている。)

を通って、更に北上し、アルベルティナ広場を通って
ギャルリー・サンチュベールへ到着したという感じだと思います。

広場辺りからグラン=プラスにある市庁舎の塔が見えるんですが、
綺麗ですよ。
それと共に「あ~、着いた!」って感じでもありました。

で、ギャルリー・サンチュベール内のカフェで
ベルギーワッフル商品名「MIKADO(みかど)」?を食べて、
またまたDelvaux(デルボー)へ向かいました。

実は、奥さんは今回の旅行で記念に
鞄(ええヤツ)を買うつもりでおりました。
エルメスにするかヴィトンにするか他の何かにするか・・・
だったのですが、ヨーロッパに行く前に巨匠から、
ベルギーにはDelvauxというオールベルギー生産の
素晴らしい鞄があると聞かされており、日本でも見ることが
できるかもと、あれこれ探したのですが、
大阪にあったはずのお店が、どうやら閉めており、
関西圏では見ることができませんでした。

そして、実際にベルギー初日にDelvauxに行き、
商品を見ましたらすごく良くて、かなり揺らいだらしく、
どれを買うべきか更に混乱してしまったようです。
結局その場では買わずに、持ち越しました。
六日目以降の予定も決まっており、買うなら今日(五日目)
しかなくなってしまったんです。

で、Delvauxへ入店しました・・・
3つ程候補があったのですが、オーストリッチのハンドバッグを
触らせてもらって鏡の前に立ったら・・・もう即決と言っていいくらいに
あっという間に決めてしまいました。
お値段は・・・あー、ダメだ言えない。
奥さんに言うなって言われてるから!

しかし、Delvauxの商品はエレガントで美しく、
しかも製作にもこだわっているから質実剛健でもある
極めつけはすべて自国生産!

日本も見習わなくてはとすごく思いました。
Delvaux恐るべしです。

そして、帰る道すがらにあったミニカーショップで、
懐かしの BMW E30 M3 のミニカーを衝動買い、
荷物を置きに巨匠宅へ戻り、
20時からのコンサートへ向かいました。

コンサート会場はめちゃめちゃ音響が良かったです。

指揮者はかなり変わった感じの人でした。
演奏も結構まとまった感じで良かったです。
でも、疲れてほとんど寝てました。すみません。
因みに、この晩は気温マイナス4度でした。

この日もブリュッセルの冬を満喫したのでした。

22 febbraio, 2010

新婚旅行記(四日目編)

1月25日(月)
7時30分、今日も朝飯美味かった。
並んでいるもの一通りいただきました。
ドライフルーツ系のものやハム、チーズ、パン・・・全部美味かったです。
8時30分から“考える人”像は無いかとセーヌ川対岸へ行きますが、
空振りに終わりました。
10時前にはチェックアウト、手続きも問題なく、
フロントのおじさんも「That's all OK!!」
と英語で言ってくれました。

パリ滞在中は「チップの類は必要ないです。」とのアドバイス通りに実行しましたが、
何の問題もありませんでした。
ホテルのドアマンにも一度もチップを渡しませんでしたが、
普通にドアの開閉をしてくれました。
今回の経験上、パリではチップは本当に必要ないようです。
渡せば、受け取る人はいるとは思いますが。

さて、今日はこれから巨匠の住むベルギーブリュッセルへ移動です。
ベルギーは、僕もこれまで馴染みの無い国でしたが、
巨匠がベルギーへ移住されてから、
行ってみたい国トップ3に入っていました。

ベルギーと言えば、ブリュッセルにEU本部があることと、
自転車界の英雄エディ・メルクスやヨハン・ムセウ
現役最高選手トム・ボーネンを排出した国くらいで、
観光スポットなど全く知りませんでした。

Thalys

9時50分パリに別れを告げ、ベルギーへ行くために、
メトロ:コンコルド駅からパリ北駅へ向かいます。
4日目ともなると、慣れたもので迷わずにパリ北駅集合場所へ到着しました。
ここで巨匠とオーナーと合流です。
11時過ぎ頃のThalys(タリス:新幹線のような乗り物)で一路ベルギーへ。
1時間程度でブリュッセル南駅に着きました。
駅から外へ出ますと、緯度が上がるだけあってパリよりも更に寒かったです。
駅からタクシーで巨匠宅へ、パリとはまた違った町並みで、
例に漏れずおしゃれな感じです。
巨匠宅へ着きますと、はま子さんが出迎えてくれました。
荷物を置き、お昼ごはんをいただきまして、早速ブリュッセル観光に出かけます。
地下鉄に乗り、(確か)ブリュッセル中央駅で降りて、
ブリュッセルで一番有名な観光スポットグランプラスへ。
事前に“歩き方”などで写真は見ていましたが、実物はホンマにでかく、
美しかったです。
中でも市庁舎は圧巻です。

グラン=プラス(市庁舎)

グランプラスでひと通り写真を撮り終えまして、

ベルギーと言えばお約束の小便小僧。
市庁舎の裏手にありまして、
我々が行った時も観光客が写真撮影していました。
大きいわけでもなく、観光スポットというには迫力に欠ける・・・。
小便少女などには構う間もなく、
ギャルリー・サンチュベールへ、ここはなんですかね、
ベルギーの小洒落たアーケードみたいな感じですかね。
ディスプレーも鮮やかで、それぞれ個性があり、楽しかったです。

ギャルリー・サンチュベール

Delvaux(ギャルリー・サンチュベールにて)

Delvauxにて後日、メイク・ミラクルが起きました。
後日エントリーにて書いてみます。

そのままギャルリー・サンチュベールを
南下して・・・巨匠がいることに安心して、地図持たずに
うろうろしたんでもうどの辺あるいたかよう分かりません。
うちの奥さんが靴の愛称が悪く、カンペールでスニーカーを買っていました。
(そのカンペールはもちろん日本でも活躍しています。)
その後はベルギーファッション事情を調査すべく、
巨匠とオーナーを先頭に僕達は後ろから着いていくのみ。
色んなお店に入りました。
日も暮れかけ、寒くなってきたのでカフェへ入り、
VEDETTとDuvelというビールを飲みました。
ベルギーにて初ビールです。
どのように表現したら伝わるか分からないのですが、
美味かったです。

20時、はま子さんと合流して晩ご飯こちら↓で

Amadeo(スペアリブが美味く食べ放題なお店)

Amadeoさんにていただきました。
ワイワイガヤガヤ店内はお客の楽しい声で大盛況です。
僕達も着席し、スペアリブを美味しくいただきました。
こちらではHoegaardenとワインをいただきました。
食べ放題でしたが、ひとつ半が精一杯でした。
こちらの店員のジョニー氏(イタリア系?)が楽しい男でした。
この日の晩ご飯は特に楽しく、5人はアホな話ばかりで
盛り上がりました。

Amadeoさんのスペアリブ(陽気な男ジョニーが持ってきてくれました。)


*ベルギーでの出来事については日にち、時間が頭の中で
 整理できていないので、写真を見ながら書いたのですが、
 ついでに掲載してみました。

20 febbraio, 2010

新婚旅行(三日目編)


1月24日(日)
今日もホテルの朝ごはん美味しかったです。
10時頃にオベリスク下であつし君とバスク料理のあつし君と待ち合わせして、
クリニャンクールの蚤の市に連れて行ってもらいました。
Wあつし君は巨匠と休日を楽しまれる予定だったと思うのですが、
無理を言いまして僕たちにも付き合ってもらいました。
ありがとう。
お2人はこちらで頑張る料理人さんです。
いずれは帰国されてご自分のお店を持ちたいそうです。
その時には是非食べに行きたいですね。
目的地のクリニャンクール、
どこにあるのか全く分からなかったのですが、地下鉄であっという間に着きました。
スリやひったくりに注意な町らしく、警戒しまくりです。

実は、クリニャンクールの蚤の市と言いますが、
僕はこの時まで、“クリニャンクール”という名前の蚤の市だと思っていました。
クリニャンクールとは地名というか、Porte de Clignancourt駅という駅があって、
そこの近くにある蚤の市なんですね。
しかも、パリ市内だけでもヴァンヴとかモントルイユとか各地に蚤の市があるんですね。
色々行ってみる価値ありです。

Porte de Clignancourt駅に着きまして、
地下鉄から地上に上がると確かに雑多な感じでパリ中心部とその趣は全く違いました。
蚤の市エリアはとても広く、目的なしでは疲れそうな感じでした。
蚤の市エリアに入って暫くは、アフリカ系のごついお兄さん達のお店で、
かなりビビります。ホンマに怖いです。何もしてないのに襲われそうな感じです。
やっとそれっぽいエリアに入りまして、
巨匠とWあつし君、僕と奥さんに別れてうろうろしました。
家具、調度品ピンからキリまであらゆるものがありました。
何か買う予定があったわけではなかったのですが、
ウィンドウショッピングに終始しまして、
あっという間に集合時間になりました。
ここはこれを買いたいと思って行かないと何も買えないですね。
言葉の問題もありますし。
でも、見ているだけでも楽しく、
本当に掘り出し物があるかもしれないニオイはしていました。
13時、蚤の市外れにあるバスクのあつし君が行くオムレツのお店に行きました。
ワインとオムレツとハムなどをいただきました。
ここのお店のアメリカ人っぽい店員が結構ツボでした。
続いて、僕の希望でエッフェル塔へ向かうことにしました。
ヨーロッパに住む3人にはべたべたなチョイスなのですが、
以外にもこの3人はまともにエッフェル塔に行ったことがないとか、
「そら行っとかなあかんやろ。」ということで、
3人も意外と楽しいかもということで5人でいそいそと向かうこととなりました。
エコール・ミリテール駅で降りまして、シャン・ド・マルス公園を北東へ向かいますと
エッフェル塔が見えてまいります。
当然上ろうということになりまして全員で展望へ。
天気は曇りだったのですが、パリの街が良く見えました。
北を見れば凱旋門、北東にはサクレクール寺院、
東下を見れば歩いてきた大きなシャン・ド・マルス公園を一望、
南西にはセーヌ川の中のシーニュ島南端にパリの自由の女神、
南、南東にはなんやかんや(すみません、よく分からないです)が見えました。
3人も“初めて見る”景色に大変よろこんでもらえて
“初”フランスの僕としても良かったと思いました。
軽く興奮した後はカフェで休憩です。
他愛の無い話で楽しんで、暗くなってきましたので、Wあつし君達とはここでお別れ、
Wあつし君ありがとう。また会える日を楽しみにしています。
義父へのおみやげを買うべくロダン美術館へ向かいました。
ところがというかやっぱりというか17時半頃に着きましたが、
既に16時30分に閉館していました。
“考える人の置物”は諦めてホテルへ、
ホテルへの道中、ナポレオンが眠るアンヴァリッドの頭を見て、
アレクサンドルⅢ橋のごっつさに驚き、
グラン・パレがグランなことに驚き
プティ・パレが全然プティじゃないことに驚き、
シャンゼリゼで石畳をまた眺め、
ホテルで荷物を置いて、晩ご飯を食べに出ました。
道中、フランス有名メゾンのショウウィンドウを眺めて目的地「ラーメン ひぐま」へ
ラーメンが日本食か否かは別にして、特別美味いわけではありませんでしたが、
良く知っている食べ物を食べることができてほっとしました。
巨匠のナイス判断でした。
お店は行列ができており、
座席に着くと周りには器用に箸を“操る”外国人が多数。
従業員が支那人ばっかりなことに憤りを感じつつラーメンをすすりました。
パリ最後の夜はラーメンで締めくくりました(満足)。

*トップの写真は夜のコンコルド広場、オベリスクです。
 パリ滞在中毎日ここを通っていましたが、
 ツール・ド・フランスのパリゴールの最終周回の最後のストレートへの
 つなぎのこのコンコルド広場のカーブは最終日の勝敗を決める大きな
 ポイントとなる場所です。
 自転車なんか一台も走っていなかったのに毎日
 眺めてはひとりはしゃいでいました。
 昨年のカヴェンディッシュの勝利のシーンが目に浮かびます。

19 febbraio, 2010

新婚旅行行ってきました(二日目編)


1月23日(土)
9時前ホテルの朝食を食べる。
バイキング形式で種類多く、めちゃめちゃ美味かった。
10時前ホテル出発、北西へ進むとマドレーヌ教会。
初めて見た。いちいちすごいです。
奥様の希望で「FAUCHON」へ行きます。
様々な食品を見ておみやげを買っていました。
続いて奥様が予定していた「Obrey」での電池交換へ向かう。
電池交換に1時間かかるとのことで、その間に近所にあった
「BOUTIQUE SAINT JAMES MADELEINE」
で弟にバスクシャツを買ってやった。
日本でも買えるのになんでこっちで買ったんやろ?
安かったからええか、ってな感じです。

1時間後改めて「Obrey」へ、
おじさんが丁寧に迎えてくださり、
長い間眠っていた時計は再び時を刻み始めました。
この電池交換、なんと無料!
感謝です。
つたない英語で感謝を述べ「Obrey」を後にしました。
中々上品な紳士でした。
チュイルリー公園傍にあるホテルからこの界隈へは比較的
近く、昼を食べるには時間が早いことから、
あの「AUBERCY」へ行くことにしました。
買うつもりは全く無かったのですが、どうせフランスに
行くんやから店の前くらいは通りたいなぁ程度で、
地図上の位置は確認していました。
マドレーヌ教会の北側を東へ歩き、北側にガルニエ宮(オペラ座)
を見、大してオペラ好きでもないくせに軽く興奮して、
イタリアン通りとオスマン通りの交差点を南へ、
リシュリュー通りからサン=マルク通りへ、
ヴィヴィエンヌ通りを軽く北上すれば有りました「AUBERCY」。
ホンマに渋い店表でした。
ショーウィンドウには様々な靴がディスプレイされていました。
引き寄せられるままに店内に入りました。
店内ではマダムとその友人らしきご夫人が談笑、
それに若い女性店員がひとり。
「見せてもらってもいいですか?」
と声を掛けて店内の商品を見て回りました。
大して靴の知識もありませんでしたので、直ぐに見終わり、
ブーツが欲しくなったので、陳列されていたブーツを見せてもらいました。
かっこよくて
「これが欲しいんだけど。」
と英語で言いますと、
女性店員さんは英語が分からないらしく、
マダムに「どうしましょう。」
みたいな感じで相談していました。
そうしましたら、マダムと談笑していた
真紅のダッフルコートが魅力的なご婦人が、
「私は英語とフランス語が喋られるのよ。私が通訳してあげるわ。」
と出て来られました。
で、そのご婦人いわく、
「これはオーダーで16万円、2ヶ月かかります。」
とのことでした。
あぁ、ややこしいなと思って、それは諦めて、
「僕の足に合う靴を試着させてください。」
とお願いしましたら、椅子に座らせてもらって、
色々出してもらいました。
正味、カッコいい靴ばかりではなく、
“あくまでも僕の個人的趣味で”「これはいらんわ。」
みたいな靴もありました。
このあたりは冷静に見ていましたが、
おぉ、これええなぁという靴がありましてサイズもまぁぴったり
で10万円を切る価格でした。
これええわ、これにしよ。と即決でした。
その靴はそのウチ御披露目できると思います。
ちょうどセール時期であったこともこの価格で買えた理由だと思います。
良い買い物ができたと思っていたのですが、後に分かったことですが、
VAT払い戻し手続きを知らず(恥)その書類を貰わずに帰ってしまいました。
まさか自分がこんな高額な買い物をするとは思わなかったもので、失敗しました。
因みにこれをきちんと手続きすると約2万円更に安く買えたことになるそうです。
まぁ、楽しい買い物だったし、こうしてブログに書いて皆さんにバカにしてもらえたし、
PAYできたと思うようにしています。

*今、書きながら残念に思うことは、
 「AUBERCY」に関する写真を一切撮っていなかったこと。
 ホンマに興奮してたんやろな。
 
「AUBERCY」で靴を買い、ホテルの近所でパンとキッシュを買いまして一旦
ホテルに戻って昼ごはんを食べました。
その後、巨匠とはま子さんと合流、
奥様が行きたかったボン=マルシェ百貨店へ向かいました。
こちらは世界最初の百貨店だそうです。
日本に帰ってきて調べて知りました。
フランスではあれこれ建物がいちいちカッコいいんですが、これも例に漏れず
見事な建築物でした。
ここの食料品館で色々物色。塩、胡椒・・・買ってました。
ここで、はま子さんはベルギーへ帰るとのことでひとまずお別れです。
巨匠と3人でホテルへ戻りました。
このホテルのトイレもいちいちすごいんですが、
もう説明するの面倒ですので割愛。
そして、晩ご飯を食べるべくシャンゼリゼ通りを東へ。
ここはツール・ド・フランスのパリゴールであまりにも有名。
多くの観光客は上を見上げたり、周りの景色を楽しんだりするんだろうと思いますが、
僕は、車道の石畳に釘付けでした。
「おー、ここをランスもコンタドールもアンディも走ったんやなぁ~。」と。
奥様と巨匠はこいつアホかと思っていたと思います。
なんとか晩ご飯にありついて、23日も無事に終了しました。

*トップの写真はお約束の凱旋門、ちょっと傾いているのはご愛嬌ですよ。

18 febbraio, 2010

新婚旅行行きました(初日編)


平成22年1月22日(金)
正午過ぎ 関空出発
行こうか行いくまいか悩んでいたのですが、
人生で一度だけということで行ってきました、新婚旅行。
離着陸時に“耳抜き”が上手くできないということで、
嫌いな飛行機にも乗りました。
備忘録的な内容となっていますが、
お楽しみいただければ幸いです。

同日
フランス現地時間17時半頃CFG到着
フライトの後半は本当に疲れて、
いつ着くんかいなぁとモニターばかり
見ていました。
CDGから予め日本で予約していた
日本語の喋れるフランス人ドライバーのリムジンに乗る。
このドライバー、最初は機嫌が良かったが、
週末の渋滞で車が進まないとイライラし出して、
僕らへの対応もぞんざいになってくる。
長旅で疲れており、思わずこのドライバーに
文句を言いかけるが、隣に奥様がいることに
気づき、我慢する。
「フランス人なんてこんなもんよ。」
と自分に言い聞かせ、色々言ってやりたいことを我慢した。
本当にこれが普通なんだと思います。
だから、人間関係にはとても繊細な日本人は、
彼らのこういった態度を見て、びびって、
大人しくなってしまう人もいるかもしれませんが、
彼等はこれで普通なんだと思います。
思ったことを言えば良いと思います。
必要以上にへりくだることもありません。

19時頃パリ宿泊先の「HOTEL LOTTI」到着
同ホテル1階ロビーにて、
オーナーと巨匠とはま子さんとご対面、
時間が押していたため、感動に浸る余裕も無く、
直ぐにチェックインして巨匠に予約していただいていた
巨匠の友人あつし君の勤め先のビストロへ直行
恐らく20時過ぎにお食事開始
他愛の無い楽しい会話とフランス人が普段着で楽しむ夕食を
味わい、疲れていましたが美味しいワインをいただき、
10時半頃でしたか11時でしたか・・・
全員ホテルへ帰りました。
当然直ぐに寝てしまいました。
お世辞抜きでホンマに美味しかった。
ついでにおごって貰った。
ご馳走していただいた方、改めてご馳走様でした。

このあつし君とは日曜日に再開することとなります。
面白い男でした。

パリは世界中からの観光客を魅了するだけあって、
初パリの僕も空港からホテルへの道中目に入る建物に
いちいち感動していました。
この日からの一週間が楽しみになってきました。

*僕にとって重要な“耳抜き”ですが、
 日本でオーナーにお勧めいただき、
 「旅道具」さんというお店で即買いした
 飛行機専用の耳栓サイレンシア・フライトのおかげで、
 行きも帰りもまったく耳が痛くなることはありませんでした。
 これはスグレモノです。
 

*トップ写真はヴァンドーム広場(Place Vendôme)
 僕達が宿泊したホテルの直ぐ北にあり、
 パリで一番最初に撮影した観光名所の写真がこれです。
 詳しいことは忘れましたが、中央の柱のてっぺんには
 ナポレオン像が建っているらしいです。
 いちいちすごいです。

17 febbraio, 2010

コーチの価値


2月14日日曜日午前は、
まるまる女子モーグル観戦になりました。

観ていると僕ら素人でも、
やれカービングターンだの、
やれバックフリップだの、
日ごろ接することのない専門用語を
その間だけ覚えて、
はぁ、なるほどこの選手はターンが上手いから、
雪上を滑らかに速く滑ってるわ、
とか
この選手のスリーシックスティー(360°エア?)
は体の軸がぶれてないから綺麗やな。
とか、
いっぱしの専門家よろしく
にわか評論家になることができます。

そんな素人の僕がモーグルを観ていて、
素朴に疑問に思ったことが、

この競技は採点基準として、
ターン50パーセント、
スピード25パーセント、
エア25パーセント
の合計100パーセント30点満点で、
採点しているということです。

ということで、見たまんまターン技術に
重きを置く採点をしているということですね。

ということは、選手は当然このターンの
練習を最重要していると思ったんです。

ところが、上村選手はそこに気づいていなかった
んじゃないのか?と思いました。

と言うのも、上村選手はこれまでエアにこだわって
練習してきたというのです。
そして、前回大会のトリノで、3Dエアを成功させたのにも
かかわらず5位に終わって、
「一体どうすればオリンピックの表彰台に乗れるのかが…ナゾです…」
とのコメントを残しています。

いやいや、他の選手は間違いなくターンの練習を中心にやってますよ。

単純にカービングターンが上手くなればスキーを縦に滑らすことができて、
それによりスピードが増します。
この二つだけでも採点の75パーセントを占めます。
更にスピードに乗って踏み切ることができれば
エアにも良い効果が出るでしょう。

そこで、やっと2006年シーズンからヤンネ・ラハテラコーチを
招いてターンとスピードの練習に集中したというのです。

ホンマにめちゃめちゃ頑張ってはると思うんですけど、
どうもその方向性が間違えていたんじゃないかと思います。

上村選手はオリンピックのメダルにすごくこだわっていました。
だったらなぜそこに着目しなかったのかと思います。

1998年長野大会から参加して、ソルトレイク、トリノ、バンクーバー
と4度もチャンスがあってトリノオリンピックが終わるまで、
エアにばかりこだわって練習していたのであれば、
すごくもったいないことだと思いました。
良い選手であるだろうだけに。

こんなこと言う人いないと思うし、
人ごとだけど普通にめちゃめちゃ気になりました。
コーチとか誰か忠告してくれる人おらんかったんかいなぁと。
本人は常に煮詰まっているだろうから、
コーチが、
「エアにこだわるのもいいが、メダルが欲しいならターンを磨け。」
と言い説き伏せると思うけどなぁ。
そこがコーチの値打ちやと思います。

*トップの画像はシャンゼリゼ通りの“石畳”を
 コンコルド広場側から凱旋門方面に向かって撮影したもの。
 ツール・ド・フランスで逃げたい選手は
 この道の側溝ギリギリを使ってアタックするそうです。
 でも端から端まで石畳だと思うんだけど・・・

16 febbraio, 2010

JAM



ベルギーの列車事故、
18人の方々が亡くなられたそうです。
驚いたと共に、真っ先に現地に住む友人の身を案じた。

僕がこのニュースを知った夜のニュースでは早速、
「現地日本大使館の情報によると
 日本人が事故に巻き込まれたとの情報は入っていない。」
とのことです。

この手の海外の大規模事故ニュースを見る度に、
頭の中をグルグル回る歌があります。

THE YELLOW MONKEY / JAM(吉井和哉 作詞作曲)

~外国で飛行機が墜ちました
ニュースキャスターは嬉しそうに
「乗客に日本人はいませんでした。」
「いませんでした。」
「いませんでした。」~

というくだりです。
イエローモンキーというバンドの名前も
何も知らずにこのネーミングを見れば、
なんとも自虐的で更にこの歌詞ですから、
この人ら・・・
と当時の僕(高校生くらい)は思いました。

吉井氏はこのくだりよりも
本当に伝えたいメッセージはその後の
「こんな夜は逢いたくて」以降の方が大切である
と言った趣旨のことを語っており、
既にこの歌詞についてなど議論しつくされていると思うのですが、
それでも僕の中では事故がおこればこのくだりがよみがえります。

「現地日本大使館の情報によると
 日本人が事故に巻き込まれたとの情報は入っていない。」
という情報が流れた時、
とにかく僕は「あ~、良かった。」と思いました。
その時に亡くなられた方やケガをされた方のことを
思ったかと言われれば、
「思わなかった。」
日本人が巻き込まれていなかったことが分かった後に、
「気のどくやなぁ。」くらいは思ったかもしれません。

JAMはこんな僕のような人間に対する
あからさまな“批判メッセージ歌”だと思うのですが、
画面に向かってお悔やみ申し上げますとも思わない僕の
心根を抉って世の中の批判に曝し上げるのです。
こいつはこんなにひどいヤツだと。

自分はというと僕は他の被害者のことが心配でなりませんとの
ポーズを取って善人ぶっている。

じゃあ、お前はどんだけ聖人君子やねんと
反発してしまいます。

お前は世界中の飢餓に苦しむ人々も、
圧政に抑圧されている人々も
全ての人を開放できるのか?と

吉井和哉氏が例えば飛行機事故で亡くなった方々の
遺児達に毎年寄付をしています。
とか、
ケガで後遺症に苦しむ人たちに例えば車椅子を送った
とかいう話は聞きません。
こんなことは表だってやることではないですが、
漏れ聞こえる話すら皆無です。

要するにこういうことなんだと僕は思っています。
そこまで相手を慮るということは、
その人の今から未来の時間にまで
思い、行動に移すことこそです。

僕が命をかけて幸せにしたいとか、守りたいと
思うのは奥さん、母親、兄弟など家族で、
できる範囲でなんとか力になりたいと思うのが、
親戚や友人、
なんとなく気が合いやすいのが関西人、
感覚を共有できるのが日本人、

結構分かると思うのが、
歴史ある国の国籍を持つ方々、
経験上ヨーロッパ方面に多いと思います。

アフリカ人とは話をしたことも無いので分かりません。
南米の方々も同じく。
北米人は理解できないことが多いです。

完全に独断偏見によるものですが、
多くの人はこんな感じなんじゃないですか?
なんだかんだ言ってもやはり家族までです。
最大で公共性を共有できる日本人までです。

要するに、日本人であれば日本を常に意識することが
当たり前で、ブリュッセルの電車事故の件で言えば、
日本で報道するんだから基本的に日本人に向けての放送なので、
「あなたの家族や日本人の友人が巻き込まれているという情報は
入っておりません。」
と伝えるのは日本のメディアなんだから極当たり前のことだと思うのです。
ベルギー人の友人がいてその消息が気になるのであれば、
安否確認の方法などはいくらでもあると思います。
気になる人は当然そこまでするだろうと思います。
ただ、日本のメディアが日本国内で放送するのに、
そこまでの必要は無いだけのことです。

JAMはそれはおかしいんじゃないの?
と言っているように僕には聞こえるんです。
「こんな夜は逢いたくて」以降の方が大切といっても
その前の“この歌詞”のメッセージ力が強すぎるものだから、
当時も議論の対象になったんだろうと思います。

たかが歌ですが、されど歌。
この歌が多くの人の心を動かしたことは事実ですから、
みんなそんなこと思ってるんかなと思ったらちょっと心配です。

日本で日本人の安否だけを報道することが正しいのか正しくないのか、
アンケートとってほしいくらいです。
僕は、正しいと思うのですが・・・

だって、こんなこと言い出したら海外の津波とか地震とかでも、
当然日本人が被害に遭うこともあると思いますが、
20万人が亡くなられたとかいいますが、この方々全てについて、
例えばお名前とか放送するわけですか?

阪神・淡路大震災では死者名については死亡が確認された方については
全て放送していました。
外国人の日本在住者の方についても放送していたと思います。
ご覧になられた方も多いと思います。
これはやはり、
日本においては大事な情報だったから
6千余人のお名前を放送したのだと思います。

ですから、僕はJAMという歌のこの部分は間違えていると思います。
何が大事かを分かっていないのは吉井氏だと思います。
5分程度の歌に綴られる歌詞は全て作者にとって大切なものだと
受けては感じます。
彼はプロで作品を世に出してそれで金を稼いでいるだから、
その作品に対して責任があります。
僕はこれについて、もっと知りたいです。
彼が何を思ってこの詞をつくったのか。

この電車に知人が乗っていなくて本当に良かった。
僕にとって「日本人はいませんでした。」
は正に朗報でした。
亡くなられた方々、ケガをされた方々には誠に申し訳ないと思うが、
間違いなく朗報でした。

*トップ写真はベルギーの美しい街並み

10 febbraio, 2010

そういうことか、勝谷


勝谷誠彦氏が執拗に民主党、というか小沢一郎を擁護するので、
なんでかいな?
と思っとりましたが、なんとしっかり小沢から貰っとったんですね。

小沢一郎側が総務省に提出した書類から分かります。
↓
http://www.soumu.go.jp/senkyo/seiji_s/seijishikin/contents/000025218.pdf

上記は総務省が一般に公開している書面です。
これ以外にも改革国民会議(旧自由党の政治資金団体)からも貰っとるみたいやし。

更に、「世論社」という勝谷誠彦氏が役員の法人があるようでして、
民主党議員のWEB製作やコンサル業務でとりあえず
約1000万円程度稼がせてもらっているみたい。

なるほど、やっぱ貰うと言えんわな。

竹島のことや、大東亜戦争のことなど納得させてもらうこと
多かったけど、この件を始めとして最近の勝谷氏については、
ホンマに目も当てられんわ。

結局お前も金かい!

政権交代ありきで考えるから、
ホンマに大事なことが見えてないわ、このおっさん。

政権交代のためやったら

↓

外国人参政権が可決されてもええんか!?
人権擁護法案が可決されてもええんか!?
日本人をないがしろにするバカが総理大臣でもええんか!?
起訴するに足る資料が無いだけで、限りなく“黒”の
糞狸が公党の幹事長でもええんか!?
売国ババアが法務大臣でもええんか!?

小沢の太鼓持ちやって、日本が特亜三国に汚染されたらあんた、
どないして責任取ってもらおうかいね。

*トップ写真は言わずと知れたLa tour Eiffel
 べっぴんさんです。
 そのうち旅行記かくかもしれません。

09 febbraio, 2010

なんともな話


うんうんと思いながら観ていました。
一昨日の「たかじんのそこまで言って委員会」です。
大阪学院大学教授の國定浩一氏と株式会社シナガワの品川隆幸社長です。
昨今の不況の煽りを受け、悲鳴を上げている中小零細企業について、
「しんどいなら辞めなはれ」
「嫌ならやめなはれ」
「まだまだ仕事はある」
と仰います。
それに対して國定浩一氏は
「やめたくてもやめられへんのや」
と仰います。
やめようにも借金がかさんで首が回らん社長さん達が多い。
更に今の状況をつくったのは他の誰でもない
小泉・竹中だと仰います。

品川社長はそれこそ血尿がでるほど頑張って
今の会社を立て直したそうです。
今現在は不況では無い、これが普通だと仰います。

僕はこれを観ながら思いました。
まず、今の自分は衣食住足りているから毎日の生活には満足しています。
しかし、多くの中小零細企業の社長さん達は日々の資金繰りに苦労されている
ようです。それこそ首を吊る寸前のところまできている人もいるかもしれません。

なんとかしなければならないことには違いないのですが、
品川社長は血のションベン出してでも頑張れ、
それができなければ辞めて次の方法を考えなさいと仰います。
一方この大不況の要因のひとつとして小泉・竹中構造改革がある。
と國定浩一氏は仰います。

國定浩一氏は品川社長の仰ることは勝ち組の論理だと。
世の中の全ての社長がゴリゴリ押して、ガツガツ前に出て、
上手く儲ける社長ばかりじゃないんだと。
いわゆる職人気質の社長、ものづくりの才能はあるけれど、
儲ける才能は無い社長、まぁ押しの弱い社長、
など色んな人がいる。
品川社長の言うように出来る人は良いよ。
しかし、そうできない人が大半なのに辞めて直ぐに次に行けと言われても
そう簡単にできますかいな、と。

うんうんとうなずきながら聞いていました。
やらんとしゃあないんです。
ですが、我々庶民は上がこうやと決めたらそれに合わすために
血のションベンまで出さんと“生きていけないのか?”

朝8時から夕方5時まで一生懸命に
仕事をしただけでは生きていけないのか?

日本のものづくりは世界一なのに首を吊らないといけないのか?

國定浩一氏は完全に小泉・竹中構造改革の失政が多くの要因を
占めていると断じています。

僕もそう思います。
全ての社長が品川社長のような人間ではない。
全ての人が真面目に働けば普通に生きていけるような社会がやはり
素晴らしい社会だと思います。

普通に生きるの普通とは何か?

と問われましても回答に困るわけですが、
漫画美味しんぼから下記のことばを借りることで回答とします。

「いやぁ、立派になんてならなくていい。
食べたい時にとんかつが食べられるくらいがちょうどいい。」

昨日、某大手企業の営業マンと食事をする機会があったのですが、
「毎日時間に追われています。」
「No残業Dayもあって19時には電気が一斉に消えるんですが、
 みんなスポットの蛍光灯付けて仕事してますよ。
 No残業Dayなんて表向きだけです。」
とおっしゃっていました。

我々の意向に関わらず、経済のグローバル化は周知の通り止まることなく、
価格競争にも巻き込まれ、我々は無理をせざるを得なくなっているんですが、
そこを上手く舵取りしてくれるのが政治じゃないのかと、
竹中は自由競争をより先鋭化させ、勝ち組にはより儲けさせ、負け組みには
どんどん首を吊らせたと。

こんなのは豊かな社会では無いと思います。
國定浩一氏は恐らくいわゆる勝ち組の部類の方だとお見受けしますが、
こういった方々に仰っていただかなければ、庶民は浮かばれません。
なんとも難しい話ですが、國定浩一氏の仰りたいことが良く分かる話でした。
もちろん品川社長もバイタリティーのある素晴らしい方だろうと思います。


*トップの写真はパリの僕たちが泊まったホテルを
 バンドーム広場側からチュイルリー公園方面へ向かって撮った写真

15 gennaio, 2010

興奮すると何を書いているのか分からなくなるんです

*興奮すると論旨がまとまらず、読んでいただいても、
 「?」しか後に残らないかもしれませんので先に 
 ざっくり、本当にざっくり言いたいことを言います。

“小沢一郎が白でも黒でもこのクソは日本の敵だから
 特捜部にはぜひともこいつの息の根を止めてもらいたい”

という暴論が私の言いたいことです。
要するに小沢のような売国奴野郎は大嫌いということです。
では、お暇で折角だから読んでやろうという方は、
以下もお読みください。


それでも日本のことを考えてくれれば、
たかだか4億円や20億円などというはした金などくれてやるのです。

ところがこの腐れ狸はそんなことには見向きもせず
せっせと朝鮮人の為に鳩山に鞭を入れるのです。

我々の金を使って明確に反日を標榜する連中のために
奔走するのです。

あちこちで民主党に騙されたという声が聞こえてまいりますが、
お宅の調査能力、物事の本質を理解しようとする力が
劣っていたからというしかありません。

私とていつも間違いなく100%の力を発揮できて、
本質という本質は全て見抜くことができるわけではありませんが、

こいつは100万年前から臭っていたんだよ!

分からんお前が悪い。
民主党の『マニフェスト選挙』に大喝采しながら、
お前らは民主党のマニフェストを読みましたか?

選挙前から民主党の政策には財源の裏づけが無いと散々言われていたのに、
それが何を意味するのか分かっていたのですか?

自民党政権がばら撒きだと言われていたが、
実は民主党のこども手当てや農家の個別保障制度などの方が
“もっと偏った”ばら撒きであることが分かりませんでしたか?

おまけに全く世界標準ではない在日外国人参政権なんぞを
4月から審議しようとしているのです。

(朝鮮人についていうと)日本に強制的に連れて来られたからとか、
日本で働いて日本に税金を納めているからとか、
いうくだらん理由にもならないことを持ち出して、
彼等にも政治に参加する権利をというやつは
一回、布引の滝で頭を冷やさねばなりません。

まず大前提として参政権は基本的に
その国の国籍を持つ者にのみ与えられた権利です。
外国人が日本で何億円税金を納めようが参政権は得られません。
その逆として、日本国籍を有するものが生活保護を受けていても、
日本国籍を有することによって参政権を保有します。

また、日本に居住する外国人は本国の参政権を保有します。
であるのにも関わらず彼らに日本の政治に関与する権利を
与えることは全くもって不必要だと思います。
因みに韓国では2012年から在日韓国人に対して、日本に居住したまま
韓国の大統領選挙(再選挙、補欠選挙含む)と
国会議員比例代表選挙に投票できるそうです(これは参政権の中でも選挙権の話)。
これでは日本の参政権など必要ないでしょう。

これら全てに臭い臭い小沢一郎が深く関与しているんです。
こんなものはくだらんニホンの大手メディアを観ていたとしても
5分パソコンの前でパチパチすれば分かることです。
それら玉石混交のデータを基に自分自身で判断することです。
これが調査であり、本質を見極めることであると思います。

私はこんなことを書きながら
「僕は他に仕事を持っているのにどうして我々の税金で雇っている
 政治家や役人を時間を割いてまで監視し、糾弾せねばならないのか」
といつも憤っています。
もし、政治家・役人が日本国を思い、我が国の歴史・伝統・日本人らしさ・・・
を守る政策を打ち出し法制化して現に実行してくれればどんなに素晴らしいか、
と思います。

しかし、現実は大東亜戦争に敗戦して以降、アメリカからの無理難題に対して、
唯々諾々と従い、
支那の不審船が国境を跨いで日本の領海を侵犯しても、腰の抜けた抗議にすらならない
対応しかせずになめられ、
朝鮮に対してもいつまでも日韓併合を持ち出され謝罪せよと怒鳴られ、
「日韓併合は世界各国の同意の下合法的に行われた。」
のひとことも言えずにただ頭を下げるだけ。

このように何を守っているか分からないがとにかく己の生まれた国を易々と
売り渡してしまう腰抜けばかりが国家の中枢にいるのだから、
私も多くの憂国の諸氏に倣ってひとこと申さねば気が済まないのです。

多くの国民はこうして日本が大東亜戦争以降の外交という外交に連戦連敗中で
あることに危機感を抱いていないようですが、
だったらあなたにとって自身の尊厳って何なんですか?
と問いたいです。

オリンピックが始まれば日本選手団のメダル数に一喜一憂し、
ワールドカップ本戦に日本が出場すれば会社を休んでまで開催国へ応援に行き、
WBCで日本が2連覇すればもろ手に日の丸を掲げヤンヤヤンヤの大喝采です。

それは結構ですよ。
日本の結果に狂喜乱舞せよ。

しかし、スポーツはあくまでもスポーツであり、代理戦争でしかないんです。
外交は武器を持たない戦争です。
国家の威信をかけて相手国に対峙しなければならないんです。
そこに侍を送り込むことこそが我々の仕事じゃないですか。

目先の金に目がくらんではダメですよ。
明日のこども手当てより、未来の日本です。

嘘でも良いから誇りを持てる日本を標榜する政治家に会いたいです。

小沢一郎のようなクソに我が国を操られるなどまっぴらごめんです。

06 gennaio, 2010

悲喜交々

12月29日 
アニメ「めぞん一刻」の93話~96話(最終回)
を見て泣く。
・五代君が響子さんにプロポーズするくだり
・ゆかりばあちゃんが響子さんに指輪を渡すくだり
・五代君と響子さんが赤ちゃんを連れて一刻館に
 帰ってくるくだり
その他数々のシーン
はバスタオルが要ります。

12月30日
日中は自由な時間を過ごし、夜三男が帰神、
家族全員(ひとり欠けてしまいましたが)で
鍋を囲む。
めったにないこれぞ正に家族団欒。
ここに親父がいたらどれだけ喜んだか、
父親には死んで欲しくなかったと泣く。

12月31日
毎年清荒神さんで買ってくる超特大カレンダーを
祖父宅へ持って行く。
祖父母は
「これくらい大きかったら良く見えるわ。」
と喜んでくれた。
しかし、最近祖父は
「もう来年(この時点では再来年のこと)の正月は迎えられんからな。」
と弱音を吐く。
祖父は確か93歳。
ここまで元気で生きてきた祖父に、まだ頑張れと鞭打つのは
酷だと思うが、それでも
「何を言うとんねん。」
と僕は切り返す。
お爺ちゃん、来年も超特大カレンダー持って行くからね。
と心で呟いて泣く。

明けて1月1日
朝から体が重い。
居間で横になって毛布にくるまって朝から実業団ニューイヤー駅伝を観る。
風邪のひき始め、症状が重くなるのを抑えるべく葛根湯と薬を飲みまくる。
頭がボーっとしてきて眠くなってきた。
目が覚めたら晩。
なんと無意味な元日を過ごしたのかと泣く。

1月2日
朝からおなじみ箱根駅伝を観る。
昼から母が兄弟のように仲良くしている従兄弟宅へ行く。
今回は弟夫婦も一緒。
母の従兄弟には僕たちも色々と世話になっている。
そんな従兄弟の中の長男氏は飲んだら泣く。
昨年長男氏の甥が結婚したのだが、
「こいつがこんなに立派になってこんな良い嫁さんを貰うなんて・・・(泣」
と泣く。
僕もこの甥君はよく知っているので、
そんな長男氏を見てもらい泣き。
でも、新年会はウチの次男の“ワル話”で超盛り上がって、
盛会のウチにお開き。
こいつを連れて行って正解であった。

1月3日
箱根駅伝復路
城西大学の学生さんの熱い走りに泣く。

彼は前回の箱根で途中棄権したらしい。
今回はその借りを返す熱い走り。
無事タスキを次走者に渡し倒れこむ。
2人か3人を抜く正に激走でした。
タスキを渡し両脇を抱えられながら部員達に、
「去年タスキを渡すことができなかったから・・・」
と泣き崩れる。
いやいや、君は今年素晴らしい走りを魅せたんだから、
卒業した先輩たちも喜んでくれているハズだよ、
とテレビの前で“僕が泣く”

1月4日
仕事初め、
朝から法務局へ、
それが済めば今日はぼちぼちで帰ろうと思っていた。
ところが三田の現場へ行って来いと指示が下ります。
え~、今日からしっかり仕事かよ~!
とアンラッキーな状況に泣く。
18時には自宅へ帰り、奥様の叔父が亡くなられたとのことで、
加古川の葬儀場のお通夜へ急ぐ。
60代で亡くなられたとのこと、
まだお若いのに残念でなりません。
一通りお通夜を済ませて別室で食事をいただきます。
結婚式に来られなかった奥様のご親族の方々に、
「よろしくお願いします。」
と挨拶をしてまわりました。
よく言われることですが、やはり亡くなられた叔父様が
普段会わない人に会わせる機会をつくってくれたのかもしれません。
感謝の気持ちと共に改めて叔父様のご冥福を祈ります。

と洗面器一杯の涙を流した年末年始でした。

今年も不定期更新頑張ります。
皆さんに頭を使っていただけるような更新を心がけたいと思います。

********************************

悲喜交々【ひきこもごも】
一人の人間の心の中で悲しみと喜びが混じり合う、
あるいは交互に去来する状態

********************************

どうぞ、よろしくお願いします。

28 dicembre, 2009

“毎年恒例CQ忘年会の翌年の目標発表コーナー”

昨日はCQ忘年会。
毎年お招きいただいており、
恒例行事となっております。

恒例と言えばココの忘年会では、
いつからか来年の目標を参加者の前で
発表するのがお決まりとなっております。
しかも、そのハードルが低いと参加者から
一斉のダメ出しが入りますので、
全員、毎年頭を悩ませつつ参加するといった状況です。

自分ひとりで努力すれば達成できるものから、
自分の努力だけではどうにもならないこと
「彼女をつくる」とか「結婚する」とか
など三者三様の目標を
・自分にプレッシャーを与えつつ、
・皆さんにもご納得いただき、
・更にできるものならば笑いも?取るといった
高度な技術を要するものです。

と言ってしまうとこんな
参加すること自体が罰ゲーム
みたいな忘年会は嫌やと、
来年以降の出席状況に影響がでるといけませんので、
ここからこの
“毎年恒例CQ忘年会の翌年の目標発表コーナー”
の意義について
僕が勝手に考えたことを書きます。

CQに洋服を買いに来るお客さんは、
一点のお代が安くないものを、それをめがけて周辺にある
数多の洋服やに目もくれず買いにやってきます。
「人間は見た目やない、中身や、心や、中身で勝負するんや。」
と言います。
これは、もちろん間違いではありませんが、
半分当たりで半分外れだと思っています。

人に対する印象の最初にして、恐らく最大の要所は初見です。
ここで大半が決まると思います。
まして、我々の年齢になればなおさらです。
その最高要所に心血を注ぐ人こそ中身で勝負しているのです。
それだけではなく、ここに行くのにこの格好は失礼ではなかろうか?
とか、
大好きな女性が初めてデートにOKしてくれた。
彼女に恥をかかせない服装をしなければ。
とか、
数あるシーンに自分の服装がふさわしいか否かに心を砕くことは、
中身があればこそだと思います。
「それは裏返せば全ておのれの為やないかい。」
というバカな突っ込みは聞く耳持ちません。
これに限らず全てのおのれのおこないはおのれのためだからです。

と、折角ですね、自己研鑽に励むCQ大好きっ子達なのですから、
“毎年恒例CQ忘年会の翌年の目標発表コーナー”
もその一環として、上手に活用して、自分自身に良いプレッシャーを
かける機会にすれば良いのです。
小学生時代、中学生時代には、
「来年は逆上がりができるようになる。」
とか、
「来年は通知表のA判定の数を後3つ増やす。」
とかなんともリアルな目標を立てていませんでしたか?
大人になってそんな出来そうで出来ないかもしれない
目標を立てることを面倒がっていたんじゃなかろうかと。

ですから、これはチャンスだと思います。
他人様に自分の目標を聞いてもらい、
その年は精一杯頑張る。
そして年末にその成果を発表する。
出来なくても継続課題とすれば良いんです。
みんなの飯代を持たなければならないだけ?ですから(笑
そんな“みんなの飯代被る”ようなくだらないことに固執するのではなく、
自分が目標を達成できなかったことを振り返って反省する機会です。

みんな今年は何にしようと結構まじめに考えたりする
この“毎年恒例CQ忘年会の翌年の目標発表コーナー”ですが、
これが男磨きに、人間磨きに非常に高い効果を発揮している
というかなり強引な内容なのでした。

17 dicembre, 2009

GOOD-BYE HERO

我々には平等に時間を与えられてはいません。
0時にその一生を終える人もいれば、
23時までそのロウソクに炎を灯し続ける人もいるでしょう。

我々は毎日生と死の、正に紙一重の中で生きています。

実は明日をも知れぬ人生なんです。
あなたは昨日を一生懸命生きましたか?
今日はどうですか?
明日はできそうですか?

僅か40年余を全力疾走で駆け抜けた人がいました。
もちろん自転車で。
僕はその素敵だったであろう40余年のほんの数年のお付き合いでした。

しかし、時間ではないんですよ。
その内容が全てです。

僕はその方にお会いした時には既に自転車には乗っていました。
しかし、持て余していました。

そんな僕に
「一緒に走りましょう!」
と声をかけてくれたのがその方でした。

なんと僕はツール・ド・フランスで200人からのプロトンが
集団走行しているのを毎度観ているくせに、
“他人と一緒に走ること”をそれまで一度もしていなかったのです。

その「一緒に走りましょう!」は、
僕のこれまでの自転車に対する接し方を根底から変えてしまいました。
誰かと一緒に走ることの楽しさ、喜びを教えてくれました。
集団走行が楽しいからひとりで走る時も楽しくなる。
時間があれば自転車に乗りたくなりました。
夏場はこっそり自転車通勤もしました。

今までともすれば部屋のインテリアと“成り下がっていた”
我が“愛車”をスポーツバイシクル本来の
“あるべき姿”に変えてくれたのです。

よそのお客さんだった僕に自転車の(単純ではあるが)
本当の楽しさを教えてくれたのがその方でした。

まだまだお若かったですから、やり残したことがたくさんあったと思います。
本当に無念だったと思います。
しかし、素晴らしい仕事も遺されました。
その方の意志を告いでくれる人たちを育てていらっしゃいました。
きっとその方々が、
まだ見ぬ多くのサイクリストに
「一緒に走りましょう!」
と声をかけていかれるんだと思います。

我々には平等に時間を与えられてはいません。
しかし、その不平等で限られた時間をどのように使うかは
生きる僕たち次第です。

自転車の楽しさを教えてくれてありがとう
そのさわやかな笑顔忘れませんよ。
カッコいいダンシングも忘れません。

「スポーツカーはやっぱり黄色でしょ~(笑)」
と言って全身黄色のアソスでかっこ良く決めて
颯爽と愛車で走り出す後ろ姿も忘れません。

ありがとう

僕もいつまでも自転車に乗り続けますよ。

15 dicembre, 2009

嘘塗れ

今回の中国国家副主席の天皇陛下謁見について、
民主党に直接抗議メールを送ったら、
受信確認のメールに鳩山からのメッセージが
ついてきました。

以下、構わないだろうと思うので、まるままコピーします。

<鳩山由紀夫代表からのメッセージ>
「暮らしのための政治を。」

ひとつひとつの生命を大切にする。他人の幸せを
自分の幸せと感じられる社会。それが、
私の目指す友愛社会です。
税金のムダづかいを徹底的になくし、国民生活の
立て直しに使う。それが、民主党の政権交代です。

民主党は、「国民の生活が第一。」と考えます。
その新しい優先順位に基づいて、すべての予算を
組み替え、子育て・教育、年金・医療、地域主権、
雇用・経済に、税金を集中的に使います。
生活の安定が希望を生み、意欲的になった心が、
この国全体を押し上げていきます。
国民を苦しめている古い仕組みを終わらせ、
すべての人が生きがいと働きがいを持てる国を、
つくり上げようではありませんか。

以上ですが、
税金の無駄遣い云々ってお前それはまともに税金払ってから言えよ。
と思うし、
今回故人献金だの首相が一番子供手当て貰ってるだの
散々言われまくってまだこの文章送ってくるか、
と思うわけです。

民主党中心政権に変わって、先の見通しも含めて、
ひとつここまでの評価をしても良い頃だと思うのですが、
僕は「ある程度行政が透明化されたかもしれない」こと
以外は前政権の方がまだ良かったと思います。

但し、透明化すれば良いというものではないです。
透明化して的外れなことばかりしているんです、民主党中心政権は。
国民の目に見えるように違法な決定ばかりする千葉景子法務大臣を
野放しにしたり、
明らかに国民にも分かるように
小沢一郎を政策決定のキーマンにしたり・・・

透明化してこんなことばかりしている民主党。
要するに我々は民主党になめられてるんですよ。
バカにされているんです。

バカな国民どもだから何をしても分かんねぇよって。
我々は本当にバカなんでしょうかね?

ほんまに色々不愉快

参政権法案、反対でも賛成を=民主小沢幹事長

民主党の小沢一郎幹事長は14日の記者会見で、
永住外国人に地方参政権を付与する法案について、
反対の立場の党所属議員にも、
採決の際は賛成を求める考えを示した。

先の衆議院選挙で民主党に投票したバカ共、
さっさとこのバカの横暴を止めろよ。
そもそも民主党のマニフェストに記載されていない
こんな馬鹿げた法案など審議する必要も無いのですが、
国会議員が採決に際して自分の考えを
封印せねばならんのならば、
国会議員の数なんて今の3分の1で十分だろ。
事業仕分けというのならば、
ここにもきちんとメスを入れろよ。

因みに、外国要人の天皇陛下謁見の
「1ヶ月ルール」は1995年に当時の
“自社さ連立”内閣がつくったもので、
当時鳩山由紀夫はさきがけの幹事長でした。

ということで、自分(達)がつくった決め事を、
後になって自分で反故にするという暴挙に
鳩山由紀夫は及んでいるわけです。

昨日の会見で小沢は
「1カ月ルールなんて誰がつくったんですか?」
と記者に聞いています。

言ってやれ、
「お前んとこの大将がつくったんだよ!」
と。

カスゴミは普段まともな仕事しないんだから、
こんなときくらいは世の中の役に立つようなことをしろ!

13 dicembre, 2009

日本が支那共に呑み込まれる日

民主党、皇室の政治利用

「習近平中国国家副主席の天皇陛下との会見」

こんな糞政党に「風だけ」を頼りに投票した馬鹿共には
吐き気を覚える。

ちょっとでも調べる気があるなら、
この政党がどういう方向性を持った集団かなど、
一瞬で分かるのです。

自民党が良い政党などという気はさらさらありません。
しかし、残念ではあるが民主党よりははるかにマシなんです。
自民党にも平気で国を売るバカは多い。
しかし、党としては基本的には保守です。
個人的には悔しさを残しつつも、
ぎりぎりのところで我慢できる。

ところが民主党は基本的に革新政党です。
既成概念を根本から覆す集団です。
国家ビジョンなどありません。

なぜなら、そもそも国家を否定している集団だからです。

民主党に投票した連中は、
民主党に「日本国を崩壊させること」
を空手形で承認したも同然のことをしたのです。

この政権が未だに支持率60パーセントということは、
過半数以上の国民が民主党がこのような売国行為を
行っていることを承認しているということです。

民主党を未だに支持している方々、
支那や朝鮮が好きならそちらへ行かれたらよろしいじゃないですか、
何もこんな窮屈な日本に居る必要ないでしょ。
さっさとあちらへ行きなさいよ。

日本国を思う気が無いなら選挙に行くな。
日本の歴史と伝統をないがしろにするヤツは投票するな。
支那でも朝鮮でもどこへでも行け。
誰も止めん。

日本が支那共に呑み込まれる日は間近に迫っている。

02 dicembre, 2009

報告

11月28日に無事結婚式を挙げることができました。
我々に関わる全ての人に感謝します。

これからはふたりのペースでしっかりと人生を歩んで行きます。


ブログも続けます。
たまに覗いてみてください。

26 novembre, 2009

万事OK

【前撮り】
人生の中で一番恥ずかしい写真を朝から晩まで撮影し続けるイベント


明日は前撮りです。
天気は晴れ、日ごろの行いが良いからです。

この際だから、やりたいことやります。
誰にも見せられない写真を撮ってもらって、
色んな人に見てもらおうと思います。

仕事も順調です。

当面、今が一番の頑張り時です。

21 novembre, 2009

仕事は面白いですか?

今週末は予報では晴れのようです、良かった。

更新する(精神的)余裕が無いのは結婚の準備に追われて
では無く、仕事に追われてでした。

今尚その渦中に居るわけですが、
自分がいくら頑張ってもどうにもならないことで、
行き詰まることがあるということを、
知ってはいましたが、今、目の前に突きつけられているところです。

1日24時間の内、寝ずに24時間毎日頑張っても
成果を収められないことはあります。

如何にしてそんな状況を受け入れるか、
僕にもこのような不条理を受け入れたくないという
幼い自尊心らしきものがあるようです。

多人数が共生するこの世の中は秩序維持のために
法律や常識(倫理観・モラル・世間etc...)で守られています。

当然我々もそれらを尊守し業務に当たるわけですが、
その法律や常識が時には大きな壁になることがあります。
何も我々が違法行為に及んでいるわけではありません。

法律に則り手続きをするのに
それ以外の“社会を構成する別の要素”がそれを阻止します。
我々はそれに文句は言えません。
それはそれで権利を守る正当な行為です。

まぁ、世の中にはこんなこともあるんですよ。
もっとひどい不条理もあるんでしょうね。

大人になるとはそれらを受け入れることであり、
理解することだと思います。
そして、世の中の役に立つために更に精進することです。

世の中色んなことがある。
“想定外”のことだらけなんですよね。
だから人生は面白い。
人生は面白い、だから仕事が面白いのは
あたり前田のクラッカー・・・

11 novembre, 2009

感謝感激雨嵐・・・

先日、一足早くお祝いをしていただきました。
洋服関係で知り合った方々でした。

これからも感謝の気持ちを忘れずに
ふたりで頑張っていこうと思います。

おっさんになってしまってから出会った皆様、
これからの折り返しの人生、
お付き合い末永くよろしくお願いします。

27 ottobre, 2009

内閣発足後かなり大きなブーメラン

民主党政権になって良かったこと。

・・・より大きくなったブーメランを
   見ることができるようになったこと

          ↓

岡田克也外相は23日午前の閣議後の閣僚懇談会で、
国会開会式での天皇陛下のお言葉について
「陛下の思いが少しは入った言葉がいただけるような工夫を考えてほしい」と
述べ、"宮内庁"に対しお言葉の見直しを検討するよう求めた。

・岡田事務所(国会事務所443号室、男性担当者)
「あの発言は陛下に向けてしたものではない。『宮内庁』に対して発言したものです!」
「開会式のお言葉は、陛下ご自身が作成されてるのではなく、実は『宮内庁』の役人が作っている」

・宮内庁広報課、女性担当者
「国会の開会式での御言葉は、宮内庁では作成しておりません。『内閣』が作成しています」

・内閣府、内閣官房総務官室、女性担当者
「宮内庁の回答で正しいです。開会式のお言葉の原案は、総務官室で作成しています」

ウツクシスギルwww

16 ottobre, 2009

責任転嫁

鳩山首相は、首相官邸で記者団に

「マニフェストより、国債をこれ以上発行してはいけないと、
国民の意思として伝えられたら、
そういう方向(マニフェスト達成一部断念)もあると思う。」

と述べたそうです。


他人の責任にしてんじゃねえよ、バカ!

14 ottobre, 2009

民主党にはこんなバカもいるんですよ。

是非見ていただきたいブログがあります。

民主党衆議院議員 首藤信彦氏

こいつはバカです。

こいつのブログなんですが、
軍事評論家の江畑謙介氏が亡くなられたのですが、
そのことについてブログに書いています。
これが酷い、「死者に鞭打つブログ」です。

江畑氏が亡くなられて、反論できないことを良いことに
好き放題書いています。

こんなバカが衆議院議員で、与党議員なんですよ。

更に、先日中川昭一氏が亡くなられたことについても
書いていて、これも憶測だらけの誹謗中傷です。

こんなバカを代議士に当選させた連中には本当に腹が立ちますよ。
政治家として無能なだけならば、怒りはとりあえず我慢できるかもしれませんが、
こいつみたいに人として最低なヤツはホンマに許せん。

「江畑氏、中川氏の墓前で土下座して謝れ!」と言いたい。
まぁ、こんなことを平気で書けるこいつみたいなバカには、
“謝れ”の意味すら分からんかもしれませんがね。

以下、このバカのブログの当該エントリーをリンクしておきます。
こいつがバカか怒り狂っている僕がバカか、ご判断いただきたいです。
↓

すとう信彦 & his band

08 ottobre, 2009

DEPARTURE

家、契約済ませました。
家具買いました。
家電買いました。
ホンマにお金かかります。
仕事の合間に缶コーヒーを買うのも
ためらう位にお金がかかります。
保温水筒を買おうか検討しています。
これに毎朝コーヒーを入れて飲もうかな。

友人たちとの付き合い悪くなりました(各方面の皆さんごめん)。
洋服ホンマに買わなくなりました(オーナーごめん)。
アソスのビブを「買う買う」言いながらまだ買っていません。
自転車に乗る時間をつくるのに苦労しています。
週末もほとんど結婚に向けての時間に充てています。
この週末には式の段取り決まります。
のんびりしていたら来月に迫っていました。

こんな不思議な時間を過ごすのも今だけですね。
これはこれで楽しむべきと割り切って日々過ごしています。
瞬間、瞬間に不思議な感覚を覚えます。
また、折々に責任を受け止なければならないと感じます。

*まぁ、家の契約を済ませと時なんかには思いました。
 小さなことなんでしょうけどね。
 半端者にはズシリとくるイベントなんですよ。

気になるのは母のことだけです。
イタリア人と同じで“マンマ”な子なんでね。

12月・・・年が明ければ落ち着くと思います。
そうしたら皆さん、またお相手ください。

06 ottobre, 2009

無念・・・

祖国日本を愛した政治家中川昭一さんのご冥福を心よりお祈りします。

02 ottobre, 2009

今こそチェンジ!すぐさまチェンジ!

政権交代、チェンジ、変革などを連呼し政権を獲得した民主党です。

しかし、冷静に考えなければならない(ならなかった)のは、

世の中には

変えなければならないこと、
変えてもいいこと、
変えてはならないこと、

があるということです。


官僚依存体質からの脱出は、今の官僚に任せっきりの政治においては
誠に結構なことだと思いますので、
やりすぎない範囲で成功させて欲しいと思います。

村山談話の踏襲は、さっさと止めなあかんでしょ。
我々兵庫県民にとって貝原俊民と共に100回殺しても殺し足りんヤツです。


戸籍制度見直しという名の廃止、今これに手を付ける必要無いでしょ。
民主党に入れた人、これをすぐさまやって欲しいと思って入れたのか?
のにも関わらず、民主党は早速“議員連盟”をつくりました。

外国人地方参政権。
これはマニフェストには入っていませんでした。
民主党index2009に入っているんですよ。
もう、小沢はこれで結構動いているようです。
しかし、政治に参加したい外国人の方は、
帰化して日本国籍を取得されればよろしい。
これこそ変える必要全く無し。以上。

鳩山総理大臣は
「日本列島は、日本人だけのものじゃないんですから」
と語った。

こんなこと言う政治家は世界中のどの国を探しても居らんだろ。
唯一日本だけ。
鳩山由紀夫とその一派だけだと思う。
民主党内にも国憂う政治家は少ないが居る。
本当に玉石混交だ。

「政権交代」、「日本もチェンジ」などといった
軽い言葉に乗せられ民主党に投票した皆さん。
こんなことしてもらうために投票したわけじゃないでしょ?
とりあえず自民党政治にうんざりして他党にやらせたい
と思ったからでしょ?

このツケ大きおまっせ。

この4年の間に何が起こるか分かりませんが、
日本に万が一のことがあったら、
おたくら、恨みます。

30 settembre, 2009

眠たいヤツでごめんなさい

シクロワイアードを見てびっくり

新城幸也選手の所属するBboxブイグテレコムの
プロツアーライセンス申請をUCIが却下したそうです。
今シーズンはブイグテレコムツールでも大活躍だったんですが、
UCIランキングでは奮わなかったようで、それが原因か?

といった主旨です。

今年はボクレールやフェドリゴがツールで区間を獲り、
新城選手も第2ステージで入賞するなど、
チームとしても(ツールで)活躍していると思ったんですが、
ツール以外では“もひとつ”やったんでしょうか?

UCIとASOが仲悪いからツールでの活躍は差し引いて
吟味したとか・・・

UCIプロチームでなければ主要レースへ必ず
参加できるわけではないので、来期の新城選手のツールでの活躍が
観られなくなるのか?
と思ったのですが、2010年まではどうやら出場できるそうなので、
一安心です。

しかし、自転車界は毎年組織同士の主導権争いが絶えず、
ファンとしては悲しい限りです。

私は左翼ではありませんが、

「平和が一番」だと思うんですよね。

18 settembre, 2009

予定は未定

9月19日から23日の間、仕事が入りました。
どこかで休めると思うけど、前エントリーの
「予定」は「未定」、「延期」になりました。

忙しいことは良いことです。
しかもこんな大不況の折、
ウチに仕事をくださった皆さんに感謝です。
ありがたい!

ここのところの話

家が決まりました。
近々契約に行きます。

この週末は、
明日は部屋の寸法を測りに行きます。
日曜日は昼から式場へ打ち合わせに行きます。
この日は朝久しぶりにTREKさんのサンデーライドに
行く予定。

月曜日はカリモクさんへ家具を見に行く予定。
注文から納品までひと月かかるようなので、
もう決めるつもりで行きます。
カリモク60ってのがあるんですが、
これがかっこいいんですよね。
これをひとつでも置いてみたいです。

火曜日は家電関係を見に行きます。
こちらも決めるつもりで行きます。
テレビの画面サイズ最低37インチが僕の希望。
ここは攻防のポイントです。
他は特に絶対の希望は無いので譲れませんね。

水曜日は、元気ならTREKさんの水曜朝練に行きます。

ということで、
シルバーウィークは全て予定が埋まりました。

自転車に乗られる時間はわずか。
貴重な機会に良い成果、印象、手ごたえが欲しいですね。

来週木曜日は大久保で朝から夕方まで測量。
金曜日も忙しいです。

今、ざっくり4つの案件を同時にまわしています。
もう両手から溢れそうです。
しかし、忙しくさせてもらうことはありがたいこと。
しっかりやっていきますよ。

企業の四半期決算制度が我々の業務にも影響しているようです。
アメリカ式を導入させたようですが、政府は早くこのような
くだらない制度を廃止すべきですね。
良いところは余り無いような気がします。

17 settembre, 2009

今朝の出来事

三宮そごう東側の南向きの一方通行、
朝、通勤で歩道を歩いておりました。
ネスカフェ、スターバックスの交差点で、
ママチャリとママチャリ(双方女性)が衝突。
双方にケガはありませんでした。
去り際にそれぞれ、
A「(自分の進行方向の信号が)青じゃないの。」
B「ウルサイ!」
と。

現場は南北の道路と東西の道路が交差している。
もちろん信号はあります。
南北の道路は南向きの一方通行で、
東西の道は東向きの一方通行です。
で、
Aが東から西へ歩道を走行、歩行者用信号は青、
Bが北から南へ車道を走行、車両用信号は赤
で、横断歩道の真ん中で衝突。
因みに、Aはおばさんが良くかぶっている、
サンバイザーの庇が深いやつ(アレですアレ)を
被っていました。

たしか、あの辺りの歩道は自転車も
走行できるようになっているので、Aが歩道を走行しているのは
問題無いのかなと思いますが、目深にアレを被って、
信号は見たかもしれないが、進行方向が安全であるかは確認せず。
僕が見るにフラフラと走行していました。

Bは車道を走っているものの、信号を完全に無視、
Aに「ウルサイ!」と悪態をついた後、進行方向が赤信号であるのを
知ってか知らずか堂々と信号無視して行ってしまいました。

僕はこの出来事を、
偶然側で見る羽目になってしまったのですが、
なんや、もうどっちもどっちやないかいと・・・。

そんで、自戒の意味も含めて最近の日本人は
ホンマに自分のことだけしか考えていない。

てめぇさえ良ければ他人のことなどお構いなし。
どうして「ごめんなさい。」が言えないのか?
幼稚園、小学校で習いましたでしょうが、
お父さん、お母さんから教えられたでしょうが、

どこぞの国民の真似をしているのか知りませんが、
謝ると自分が不利になるとでも思っているのでしょうか?

有利か不利かは知りませんが、とにかく美しくない。
その振る舞いが実に醜悪なんです。
聖人君子たれなどと言うつもりなど全く無いですが、
美しくない、美しくないんですよ、その振る舞いが日本人として。

たかが自転車同士の衝突ですが、
殺伐としていて朝から不愉快なものを見せられました。
斯くも人とは自分勝手な生き物なのかと思いました。

08 settembre, 2009

要望

民主党(中心)政権となるわけですが、
既に覚悟はできていて、当然驚きもありません。

ただ、残念なのが健全保守政党として
再生しなければならないはずの自民党で
当選した連中が二階や森等の老害と後藤田とか期待できないやつ等。
これではそれも期待できない。

国政選挙での争点が国家や国防でなく生活であることに
とても違和感を持っています。

国民は政治家に何を期待しているのか?
あれこれ過度な期待をすれば一票の見返りに
薔薇色の日々が待っているとでも思っているのか?

自分の生活など基本は自分の力で構築していくもので、
どうしてもそれがままならない方々のために
政治が行政が機能すればいいんじゃないか?

1億数千万の全国民が“おのれの”生活を争点として
一票を投じるような選挙はうんざりです。

だからこのような小物政治屋しか生まれない。

こんな連中には何も期待してはいけない。

小選挙区は白票、比例区では自民党に投票した僕が
民主党に期待することは、簡単。

経済政策だなんだは、とりあえず国民から選択されたのですから、
思うことを実践してみてください。

ただ、君国売りたもうなかれ。

変なマネしやがったら許さん

28 agosto, 2009

重み

俳優津川雅彦氏が凄い!
全てお見通しです。

テレビに出演するタレント、俳優やら歌手など、
祖国や政治などには全く興味の無いアホかバカばかり
かと思っていましたが、そうではありませんでした。

津川雅彦『遊び』ぶろぐサンタの隠れ家

ご紹介します。是非ご覧ください。
僕などが1時間喋るよりもはるかに説得力があります。

21 agosto, 2009

亀

ここ二日間、自転車での信号無視がひどく目に付きました。

「あ、しまった!」というか信号があることすら
意識していないように悠然と“車道の”赤信号を無視して
走行しているローディです。

交通事故を起こして死ぬのはご自身だろうと思いますが、
万が一相手に何かがあった場合にどうするつもりなのか・・・

そんなことは僕の心配することではありませんが、
こういうやつ等と信号を守って車道を走行する
まともなローディと一緒にされるのは、
まともなローディ諸氏は甚だ迷惑だろうと思います。
僕は、交通法規の全てを確実に守る完璧な人間だとは言いませんが、
自分の身を守るため、社会のルールを守りたいとは思うので、
自転車に乗っている時は危険回避時を除いては信号は守ります。

だいたい、目の前の赤信号を渡るのに左右をキョロキョロしながら
ひょろひょろーっと走り出すあの姿は、

ローディとして美しくないです。

最近は、こういうヤツを信号を守りながらぶち抜いてやることが、
ひとつの楽しみになりました。
その代わりストップ・アンド・ゴーの負荷が強烈なので辛いです。
ただ、こういうヤツを抜き去る瞬間の優越感は、
猛烈に興奮するので楽しくやってますよ。

19 agosto, 2009

羊の皮をかぶった狼-民主党

 ネットでもニュースを読まれる方であればどなたでも分かることですが、
去る8月8日、鹿児島県内で開かれた民主党の集会でのことですが、壇上に
掲げられた民主党の党旗、

 日の丸を裂いてつなぎ合わせて作ったものでした。
 
 これだけでも言語道断なわけですが、そこに居た小沢一郎はじめ党関係者は
誰一人これに対して異議を唱えませんでした。

 更にこれを8月17日に行われた党首討論麻生首相から指摘された民主党鳩山
代表の回答が

「・・・それから民主党のマークは確かに国旗を切り刻んで作れるかもしれま
せんが、そんなことを、けしからんことをやった人間がいるとすれば、そのこ
とに対して大変申し訳ないという思いをお伝えを申し上げておきたいと思いま
す。
それは国旗ではなくて、われわれとしての、ある意味でのわれわれの神聖なマー
クでありますので、マークをきちんと作られなければいけない話だったと思って
おります。」

です。

 この鳩山代表の回答もバカ丸出しで、麻生首相は自国の国旗を裂くとは何事か
という主旨で質問されていることに対して、“我々の神聖なマークをこのような
形で作製するとはあってはなりません”と回答。
 鳩山代表はバカというか確信を持ってこのように回答しているのかもしれません。
民主党の向いている方向が国内ではなく、大陸方面であることからも推測できます。

そして、こっそり党のホームページからもこの時の写真は削除しています。
民主党が削除する前に保存されている方がいらっしゃって、探せば見られます。
ので、是非ご覧いただきたいと思います。
確かに2つ国旗を裂いてそれをつなぎ合わせています。

 選挙が公示され、ただのブログでもこんなことを書いたら注意されそうなんですが、
テレビでは、党首討論であるのにも拘らずこのやりとりはどこも放送していないようなので、
民主党に投票しようとしている人々にも知っていただきたくココに書いています。
のだそうですが、はっきり申し上げると民主党は日本人を幸せにする政党ではなく、
日本人を不幸のどん底へ追いやる政党です。

 麻生首相は簡単な漢字の読めないバカかもしれませんが、少なくとも日本国の歴史、
伝統を重んじ、日本の国柄を尊重しているようにみられます。
自民党には反日議員も紛れ込んで入るものの党としては、まだ“マシ”です。
 しかし、鳩山代表をはじめとする民主党は党大会などでも国旗掲揚をせず、鳩山代表は
日本は日本人だけの所有物ではないと言い、民主党の岡崎という議員は国費で韓国に行っ
て、反日デモに参加するような日本人以外の人間の為に動く連中ばかりの党です。
松原氏のような保守もいますが、極少数です。

 とりあえず民主党にやらせてみるはかなり危険です。

 小泉前首相は自民党をぶっ壊すと名言して大勝ちしました。

 民主党は小声で日本をぶっ壊すと多くの人に聞こえないように
 ささやいてこの衆議院議員選挙で過半数を狙っています。

 小泉は全国民に向かって自民党をぶっ壊すと言っていたので、
我々は騙されたとは言えないですが、民主党は日本をぶっ壊すつもりなのに、
日本をぶっ壊すと言わずにこの選挙に勝とうとしている。

 マスコミも味方に付けたこのやり方は汚すぎるので、
 とりあえず、少しの人にでも知って欲しいと思います。

11 agosto, 2009

原点

15世紀、羊飼いの少年が石を棒切れで穴に入れて
遊んだのがゴルフの始まりだそう。

***

1ホール終わったらボトルから1杯。
18ホール終わった時点で
1本のスコッチボトルが空になったことから
ゴルフは1ラウンド18ホールになったとか。


そう考えると、ゴルフはやっきになって
スコアを気にしながらラウンドするよりも、
1本のスコッチボトルを持って、
楽しみながらまわると、案外良いスコアを
出すことができたりして。

どうですか?
良いイメージができましたか?

ゴルフは子供のお遊びです。
ゴルフは大人のお遊びです。

気楽にやりましょうよ。

07 agosto, 2009

目に留まったものを撮りました


今日は一日東灘の現場です。
先日事前調査でこんなものを発見しました。
昔は、この辺りには他にも水車が多く存在したようです。
今日も暑くなるので、こういった涼を感じさせてくれるものは、
ほっとします。

***

7月に出石へ行ってきました。
僕がここでそば以上に気になったものがあります。
これ↓です。

昼間だから笑って激写できますが、
夜とかばったり遭遇すると、「わっ!」てなりますよ。
なんでこんなもん造ったのか全く不明です。
そばどころではなくなりました。
“お顔”が潰れてしまっているものもあり、
中々シュールな作品となっています。
出石です、遠くはありません。

この怪しい灯篭?を見に行くついでに
そばを楽しまれてください・・・逆か

03 agosto, 2009

自転車に乗りたいです

水曜日、日曜日の走行会が
けったいな天気のためのきなみ中止。

当日の朝“雨の止んだ空”を恨めしそうに眺める
といった妙な日々が続きます。

昨日も前日の激しい雨により早々に中止が
決定したのですが、日曜日になってみれば、
「これ、走れるんやないか?」
くらいに空は快調です。
しかし、今日は用事があり自転車はお休みです。

朝から舞子ビラでした。

こんなものを観てきました。

ホンマにキレイなおねえちゃんばっかりでした。
↑
感想

そして、三宮、元町で用事を済ませて晩ご飯。
↓

美味かったです。
が、量がめちゃめちゃ多かった。
もったいないと思いつつ少し残してしまいました。

で、自宅に帰ってテレビをつけたら
民主党の馬淵氏が喋っていました。

高速道路無料化による影響を取り上げており、

明石のたこフェリーが危機的状況にあると
紹介されており、他にも高速道路の
料金徴収員1万数千人が失業するということも
紹介されていました。

それに対する馬淵氏の回答が、
「即応していただかなければ」
といった主旨のコメントでした。

そもそも高速道路は無料化を前提に建設されていった
ので、民主党の無料化という選挙公約は正しく、
むしろ自民党政権がいつまで経っても無料化しないことが
おかしいと思うのですが、
しかし、即応しろとはホンマにつれないお言葉やなぁと思いました。

ヨソ(子供、老人)にはバラ撒いて、
日本の政党のくせに朝鮮半島の顔色を伺って、
職を失う人々には失職したら他探せというわけです。
今、失業率は5.4パーセントだそうです。
原則無料化、段階的無料化だそうですが、
これによって失業した1万人以上の方々は、
直ぐに次の仕事を見つけることができるのでしょうか?

民主党の藤井氏は、
政権奪取後に政策を実行した結果、財源不足に陥ったら
どうしたらいいのか?
について、「ごめんなさいと言えばいいじゃないか」
と言ったそうです。

鳩山氏、藤井氏、馬淵氏、
彼らの発言を見ても、民主党の正体は見えてくる。
結局、弱者切捨て、大風呂敷、責任回避なんだなと。

***
明石海峡大橋が無料化となれば、
たこフェリーの存在意義は今よりも更に薄くなります。
そうなると、間違いなく廃業へ向かいます。
たこフェリーが無くなったら僕らはどうやって自転車で
淡路島に渡ればいいんですか?
僕等は趣味で自転車に乗るので、
このこと自体社会には何の貢献にもなっていないとは思います。
趣味のためにフェリーを残すわけにはいきませんよね?
民主党さん、弱者切捨てですか?

29 luglio, 2009

民主党の正体

民主党政策集INDEX2009

民主党、政権公約出したけど、
これは政権をとったら“やらなければならない”こと。
でも、民主党として“やりたい”ことがあって、
それを上記「民主党政策集INDEX2009」
に列挙してある。

我々有権者、特に民主党への政権交代を望むべく
民主党へ投票しようとしている有権者は、
民主党の政権公約を読む前にこの
「民主党政策集INDEX2009」
を読まなければならない。
ここにこの党の本心が書いてある。

良いことも書いてあるかもしれないが、

・永住外国人への地方参政権付与
・国立追悼施設の建立
・慰安婦問題への取り組み
・選択的夫婦別姓の早期実現
・世襲政治からの脱却
・政治献金の規制強化
・企業・団体献金の全面禁止
・国籍選択制度の見直し

・
・
・

上記以外にもあらゆる分野に及んで記載してある。
そんなもん敢えて書く必要あるか?
みたいなことも書いてある。

で、上に取り上げたもの。
【永住外国人への地方参政権付与】
明らかに韓国を意識したもの。
さすが、「日本は日本人だけのものではない。」と党首が発言する
政党だけのことはある。
僕は、日本のことは日本人が決めるべきと考えるので、
例え地方参政権であっても外国人に投票権を与えるなど考えられません。
よってこの政策は支持できません。

【国立追悼施設の建立】
そんなもんいらん。

【慰安婦問題への取り組み】
既に解決済み。
産経新聞によると
「元慰安婦だと名乗り出た外国人に国家が謝罪と金銭の支給を行う
「戦時性的強制被害者問題の解決の促進に関する法律案」も
過去10年間にわたり国会提出しており、民主党が政権を取れば、
法案を成立させる可能性が高い。」
だそうですので、こんな政策支持できません。

【選択的夫婦別姓の早期実現】
日本の良き家を壊そうとする政策など支持できません。
こんなことされたら日本が壊れる。
他国の実情など関係ない、ここは日本です。

【世襲政治からの脱却】
これには「現職の・・・」とあるがそんなのんきなこと言わず、
バリバリの世襲政治家である党首みずから政治家を辞めるべき。
そうすれば民主党を評価できる
(本気でこの政策を実行しようとしているとみられる)
し、日本のためになる。

【政治献金の規制強化、企業・団体献金の全面禁止】
さっさと故人献金問題の詳細を明らかにしてから
こんなこと書きなさいよ。

【国籍選択制度の見直し】
二重国籍OKも念頭に見直すそうです。
永住外国人への地方参政権付与が実現しない場合の隠し球か?
これまでのこの党の朝鮮半島寄りのスタンスを見る限り、
明らかに韓国人の日本との二重国籍を容認して、
日本の選挙権を与えるための政策としか考えられない。


ということで、民主党政策集INDEX2009には
民主党が本当にしたいことがその他多くの政策に紛れて
ちりばめられている。
当たり前のことが多く書かれていて、読むのがつらかったのですが、
しかし、選挙前ということで読めるところまで読んで、
大事なところは押さえておくというスタンスで、
嫌々読んだら案の定でした。

これまでの様子で十分民主党に一票を入れるなどはありえなかったのですが、
この民主党政策集INDEX2009を読んでその考えをより固めることができました。

民主党には自分の選挙ポスターの背景に日本では無く、
朝鮮半島を持ってきているヤツもいるようなので、
この政策も言わずもがなといったところでしょうか。

民主党(とマスゴミ)はできるだけクリーンな
党イメージ(実はそうではないが)を維持しようと
頑張っておられるようだが、
僕が思うにどれだけお金にキレイな政治家でも、
国家を壊すような政策を出してそれを実行しようとするヤツなど、
いくらお金の出入りを全て明らかにして実際にお金に不正がなくても、
絶対に支持しない。

もっというなら汚い金に塗れている腹黒政治家であっても、
日本の国柄や伝統、歴史を守ろうとするヤツを支持したい。
そこまでしてくれるならそんな“はした金”など、
そいつにくれてやる。

本当は両立できるヤツが現われれば良いのだろうが・・・

28 luglio, 2009

タイミング


ツール終わりました。
ホンマに毎日ドキドキしながら観ました。
僕は例年総合争いを主に楽しみに観ますので、
平坦ステージは寝落ちしたり、疲れているからと
端から観ないステージがありました。
しかし、今回は日本人2人が「どこかのステージで逃げる」
と宣言していたので、観ているこちらも全ステージを
チェックしなければなりませんでした。
結局ステージ優勝に繋がるような大逃げには乗られなかったのですが、
それでもいつくるか、いつくるかと毎ステージ楽しみに観戦できました。

最後のパリゴールではシャンゼリゼの周回コースを別府選手が
他の数名の選手と小集団の逃げで画面に映りまくりで、
僕も0時もまわった深夜に大興奮でした。
新城選手も最後のスプリントでは20位と沈んだものの、
狙おうという意気込みが伝わってきてしびれました。

ホンマに今回のツールは毎日不思議な気持ちで観ていました。
プロトンに日本人がいる、2人も。
これは本当に一大事でした。
しかも彼等は揃ってシャンゼリゼに凱旋している。
すばらしい!

ただ、ただ、ゴルフの宮里さんに全部持っていかれた。
テレビもラジオも新聞も全部宮里さん。
宮里さんは4年越しのアメリカツアー優勝
こっちは13年ぶりの日本人の出場だったんだよ。
これは本当に残念。

でも別府・新城良い仕事した。
これからも楽しみだ。

*写真は明石市役所から見る淡路島。
 この日はくっきりと淡路島の輪郭が見えたので撮りました。

02 luglio, 2009

創意工夫


ここのところ、あれこれ事情があって自転車に乗っていません。
それに梅雨も加わって、よし自転車と思っても、
雨では、やる気もそがれます。
雨の方が喉にやさしいからむしろ良いということもありますが、
やはりそれ以外のリスクが嫌なので、
やっぱり雨の日はパスです。

とか言って乗らないのもなんですから、
例のトレーナーを使って家の中でくるくるやります。
ウォークマンとかも使うのですが、
この時期はツール直前ということで、
J SPORTで昨年のツールの再放送をやっています。
これを観ながら足を回すと、
退屈なトレーナーでもなんとか時間をやり過ごせます。
トレーナーはインターバルに使うのが本当の使い方?
なんだそうですが、
今回は趣向を変えてロングライドトレーニングです。
今日は2009ツールの18ステージです。
放送時間は3時間半です。
軽めのギアで選手が走っているのを観ながら、
こちらもくるくるとやります。
10分もしないうちに汗が流れてきます。
さすがに1時間やると気持ちもだれてきます。
気晴らし休憩、軽く補給を繰り返して、
無理矢理放送終了まで乗りました。

結論としては、当たり前のことながら
“自転車は外で乗るもの”
でした。

でも、良い汗かいた。

30 giugno, 2009

夜明け前



スキル・シマノの別府史之選手もツール出場が決定したそうです。
日本人2人の出場、凄い!
今年は今まで以上に観る楽しみが増えました。
2人で逃げて、画面を独占して欲しいです。

*写真と本文とは全く関係ありません。

27 giugno, 2009

ある日の早朝

昨日6月26日の三宮からの朝日です。
訳あって午前5時出社。

車を駐車場に停めて、東の空を見れば、
奇麗な朝日です。

朝日は大嫌いですが、朝日は大好きです。
朝日なんて潰れてしまえと思いますが、朝日は美しいです。
朝日なんて日付以外は全て誤報と思いますが、
朝日は人の心を鷲掴みして放しません。

思わずカメラ(と言っても携帯電話)を取り出しました。
こんな時間に外にいるのもたまには良いです。


その続き、ウチの事務所の近所には、
本当に元気の良いお兄さん方ばかりのガソリンスタンドがあります。
威勢が良くて気持ち良いです。
今時、セルフではないのですが、大繁盛なんだろうというくらいに、
ひっきりなしに車が出入りしています。
場所が場所というのもあろうかとは思いますが、
こんなお店は繁盛するだろうなぁと思うくらいに、
店員が素晴らしいです。
そんな素晴らしい店員さんばかりのガソリンスタンドに、
こんな告知書きがあります。

こんなん、良いんですかね?
意味は分かりますが・・・、
潔いですね。
これも大繁盛の成せる業・・・
眠い目をこすりつつ、激写です。

24 giugno, 2009

一瞬のきらめき まぼろしの薩摩切子



市立博物館、行って来ました。
詳細は、他に譲るとしまして、
これは日本酒を入れて飲んだら美味いやろうなぁ、
とか、この器にはキャベツを山盛りにしたらええなぁ、
とか、これは絶対におせち料理を盛ってたんやで・・・
と芸術の欠片も無い素人全開の見方でした。

しかし、薩摩切子はボヘミアガラスなどを参考に
つくられ、その美しさは本家を凌駕するものと見受けられます。
また、薩摩切子の色被(き)せは秀逸で、時を超え今でも
その鮮やかさは我々の目を楽しませてくれます。
赤、青・蒼・藍、紫の鮮やかさ、深みにはうならされました。
百年以上前に作製された作品の色とは全く思えません。

そんな薩摩切子も薩摩を巻き込んだ2つの戦乱によって、
明治初頭で途絶えたとのことです。
しかし、職人や研究者の協力で薩摩切子も復刻されているようです。
当時の切子は高価で今や骨董品扱いだそうですが、
復刻ものでも高いんだろうな。
美食家北大路魯山人は、まだ貧しかった頃赤い切子
を無理して買ってそれで豆腐ばかりを食べていたそうです。
江戸切子か薩摩切子かは分かりませんが、“赤の”とあるので、
薩摩切子じゃないか?と勝手に身びいきで想像しています。
最高の贅沢ですね。

形あるもの必ず壊れる、壊れるからこそ美しい
生あるもの必ず死す、いつか死ぬからこそ命は尊い
これを書きながら、前のエントリーのことも思い出しました。

僕は、この薩摩切子に日本酒を入れて、
7月4日スタートのツール・ド・フランスを観戦しながら飲みたいです。

20 giugno, 2009

臓器移植法改正について思うこと

 父は食道がんで長い間苦しみ、亡くなった。
特に年末危篤状態になり、
翌年1月に亡くなるまでは、
ずっと“眠ったような”状態でした。
それでも、母をはじめ家族は折れそうになる心を
必死で奮い立たせて父を看病しました。
今でも父はその日まで生きていたと思っています。

 さて、臓器移植法改正案A案が衆院本会議で
賛成多数で可決したそうです。
このA案とは、脳死を人の死とすることを柱とする法案です。
この脳死を人の死とするがどうしても引っかかる。

 我が父の最後はベッドで寝たまま、
およそ人として生活しているとは
とても言えないような状態でした。
しかし、確かに生きていた。
呼吸もしていれば髭も伸びて僕達が電気カミソリで
そってやる。言うまでもなく心臓は動いていて、
僕たちは生きている父に接していたのです。
 脳死患者の方もおそらく同じような状態で、
ベッドに横たわり日々を過ごしているんだろうと
思います。もちろん患者さんの家族も我々と同様に
看病しているんでしょう。

 患者達は果たして死んでいるのか?

 さすがに末期の我が父が元の生活を取り戻すことは
家族である僕でさえも無理と言わざるを得ないが、
脳死状態の人が元の生活を取り戻した例はあると聞きます。
A案はその可能性を端から遮るものです。
 
「とは言え、選択は患者や家族に委ねられているんだから」

というA案擁護の意見はありますが、
関係者会議でA案が施行されれば、医師は脳死を人の死と認め、
その後の医療の内容が変わる可能性があるとし、
明らかに現場が混乱すると明言していました。

 この臓器移植法改正の動きは、現行の同法のもとでは、
幼くして助かる可能性のある命が年齢制限などで、
見捨てられているという現状から始まったものと認識しています。
確かに、僕は鶴見辰吾氏を通じて“そうちゃん”を知り、
現行法に歯軋りをし、海外に道を求めたご家族を陰ながら見守りました。
 その海外も世界的な動きとして自国民の命はそれぞれの国で守る
がスタンダードとなりつつあり、日本人が海外で臓器移植を受けることが、
成人でも難しくなってきています。
 そこでの法改正でした。
 僕も難病に苦しむ家族がいて、臓器移植で助かるのなら、
何としてもお金を集めてそこにすがりつきます。
ただ、政府・行政は臓器移植にばかり目をやるのではなく、
人の生死についてもっと腰を据えて考えてもらいたい。
 現行法では年齢制限は遺言の遺すことのできる最少年齢である15歳を下限とし、
臓器移植をする場合に限り人の死とし、
本人の書面による提供意思表示と家族の同意が必要となっています。
 それがいきなり脳死は人の死とはあまりにも乱暴過ぎる。
臓器移植は普及されると良いと思うし、年齢制限についても無くなると
多くの難病に苦しむ子供達が助かるのだから改正は必死であると思うが、
 “脳死が人の死”には断じて賛成できません。

 僕は臓器移植法改正にあたっては、D案がより良いと思います。
 D案とは脳死の概念は現行法通りで、年齢制限は無し、
提供意思表示については、
15歳以上は現行通りで、14歳以下については家族の同意で可能で、
更に第三者機関による判定もあるということです。
 第三者機関の判定によることで幼児虐待などでの犯罪による
臓器提供事件は防げるだろうということです。

 このA案は欧米基準なんだろうけれども、僕達は日本人です。
日本人が日本人の考えで我々の国の制度をつくれば良いんです。
このA案が多くの国民の同意を得ているとはとても思えません。
衆議院の審議採決の際には福田康夫や中川秀直などが居眠りです。
こんなクソみたいな国会議員にこんな重要な法案は任せられません。
参議院での徹底した審議を期待します。

13 giugno, 2009

靴磨きます・・・そのうち


昨夜はCINQUE CLASSICOのShoeshine PARTY 2009に
行ってきました。
M.MOWBRAYでおなじみ、株式会社R&Dさんから、
相原氏がシューケアの実演にいらして、
自分の靴を磨いてもらいつつケアについて
レクチャーを受けるというヤツ。
更に、他人様が靴をケアしてもらっているのを
横から見学する。
他のお客さんと靴の話だのそれ以外の話だの、
雑談に興じる。
という集まりでした。

僕は、普段自分で靴のケアをしません。
誰にとは言えませんが完全に他人任せで、
履く前にブラシなどを少し当てる程度です。

ですから、僕が仕事を終えてCINQUE CLASSICO地下の
PARTY会場に入るやいなや
「ひであきさん、自分で靴を磨かないのに
 何で来るんですか?(要約)」
といった直球のお言葉が・・・。

まぁ、これは挨拶みたいなもんで、
そんな皆さんと、用意されている軽食・スパークリングワインを
美味しくいただきつつ他愛の無い雑談。
その後ろでは来場されているお客さんがそれぞれの
お気に入りの靴を相原氏に磨いてもらいながらあれこれ質問。
皆さん本気ですね。
ということで、僕が自分の靴を診てもらうことができたのは、
ワインですっかり酔ってしまったトリもオオトリな時間でした。

頭の写真は僕が靴を磨いてもらっている時に、
タカムラ氏に撮影していただいたモノです。

オオトリだったのが功を奏してか、
1足持参した靴も磨いてもらいました。
僕が磨いてもらった靴は
YANKOのなんとかという靴と、
Edward Greenのなんとかという靴です。

今回のCINQUE CLASSICO Shoeshine PARTY 2009
参加の成果ですが、
せっかくケアキットを持っているんだから、
自分でも時間を見付けて靴の手入れをしてみれば?
というものでした。

相原さんの手入れの様子を見ていると、
そう力も入れず、軽やかに靴にブラシをあてているのが、
とても印象的で、それでいて出来上がったものを見ると、
見事に光っている。
これはもちろんプロの仕事だから当たり前なんですが、
同じ道具を使うんだから、
僕らでもそれに近付けることが出来るんだろうということですね。

こんな機会を設けてくれた
CINQUE CLASSICOさん、

靴磨きの楽しみを教えてくれた
M.MOWBRAYでおなじみ、株式会社R&Dの相原さん
(ささやかながら宣伝込み)

ありがとう



ということで、CINQUE CLASSICOさん
僕もHIRANOブラシ豚毛(4200円)買います。
よろしく

08 giugno, 2009

不思議なレース、ドーフィネ

ドーフィネが始まっています。
昨日のナンシーでの第1ステージ:12.1キロの個人タイムトライアル
は万年2位のエヴァンスがプロローグを取りました。

今年はモンヴァントゥーを含む後半の山が注目ですね。
優勝候補の筆頭はアルベルト・コンタドール、
対抗にカデル・エバンス
昨年の総合優勝者はアレハンドロ・バルベルデですが、
ごたごたで集中力を発揮できるかどうか・・・
ジロではいまいちだったバッソも出場、
全員が7月に行われるツール・ド・フランスに向けての
調整レースとして出場するので、
本気の本気で走っているかと言えば・・・
なんですが、
このレースで他の選手に遅れをとっているようでは・・・

という色んな見方のできる不思議なレース。
今年からJSPORTS初中継ということで、
楽しみに観ています。

ただ、当然のことながら深夜放送になりますので、
翌朝が辛いです。

ドーフィネ→ツール・ド・スイス→ツール・ド・フランス
の恐怖の3連発です。

あ、B-BOXの新城選手も出場しています。
ツール・ド・フランス出場メンバーに選ばれるか!?

06 giugno, 2009

New Tireと体の手入れ


ちょっと前にMICHELIN PRO3を前後に履かせていたのですが、
リアにがらすを踏んだと思われる亀裂が見つかり、
完成車時についていたものに戻していたのですが、
TREKさんで
Vittoria Open Corsa EVO CXの新作 320TPIのものが
陳列れさておりまして、せっかくフロントが良いタイヤなので、
この際と思い購入。
今日、自宅から事務所まで約20㎞を走りました。

良く走るんじゃないですか?
というのか感想。
それもなんとなくです。
背中に思い荷物を背負って乗っていたのですが、
自分の足が鍛えられているのか、ホイールが良いのか、
タイヤが良いのか???
良く転がります。
速度計に表れる時速も状況を考えると、
満足いく速度です。
「お~、今日、俺走れてる!」
みたいな感じです。
国道2号線は信号が多く、STOP & GOで疲れるんですが、
それでも場所によっては時速40㎞を軽く超えるくらいには
走れていたので楽しかったです。

とりあえず、古いタイヤよりは良いような気がします。

今週は日曜日から今日まで自転車に乗らなかった日は、
水曜日と金曜日の2日だけ。
僕にしては乗っています。
距離はトレーナー分もあるんで、分かりません。
しかし、良く乗りました。

ひざの痛みは、今は無いです。
でも、その内出ますよとのアドバイスもあり、
来週病院に行く予定です。

tak氏に須磨のスポーツドクターの医院を
教えてもらいましたので、行ってみます。

長く自転車を楽しむためにはこういった
マメな体のメンテナンスというか工事も
必要なんだろうなと思います。

30も超えてますしね・・・

05 giugno, 2009

リシャール・ヴィランクになれ


来週辺りから梅雨のようです。
自転車にとってはやっかいな季節です。
通勤で乗るわけでなく、
週末に必ず乗ることができるわけではない僕。
今でも月間走行距離は他のみんなに比べて少ないのに、
梅雨で週末もつぶれたらただの趣味以下になります。

こんなとき、これがあれば大丈夫というヤツが上の写真です。
見難くてすみませんね。
これは、ローラーやトレーナーで室内練習をするときに、
自転車に引っ掛けて使う小道具で、
汗で自転車が濡れたり、錆びるのを防ぐスグレモノです。

冬でも本気で回したら汗が滝のように流れるのに、
これからますます暑くジメジメとしてきたら・・・

冬が布引の滝ならば、夏はナイアガラかイグアスかヴィクトリアか!
というくらいに汗が出てきます。

今は色々あって週末でも全く乗らない日が多いですが、
一応年末までの我慢です。

今は仕事終わりに自宅でひとりシコシコときっちり30分
トレーナーに相手をしてもらっています。

自転車に乗っているような乗っていないようなってな感じなので、
ややこしいストレスは否めませんが、全く何もしないよりは、
体に鞭を入れることができるので、体重増加くらいは防げるだろうと
思って乗っています。

で、上記写真のCycle Opsですが、携帯電話やオーディオリモコンなどを
入れられるポケットがあり、画面を前にとかスピーカーを前に
足を回しながらチャンネルなどを変えられるようです。

ということは、この週末から

ドーフィネ→ツール・ド・スイス→ツール・ド・フランス

と怒涛のようにステージレースがやってくるわけですから、
それを見ながらひたすらペダルを回すわけですよ。

自宅に居ながらアルプス、ピレネーを走っている気分を味わえるんですね。

なんて素敵なのでしょう!

そして、来春には完全に山岳対応になった体で
改めて週末ライドを楽しむんです。

この写真の小道具はへタレ自転車乗りに
ここまでヒドイ妄想を抱かすことのできる
極めて優れた小道具なんです。

01 giugno, 2009

日曜日のことです


昨日は朝練コースをひとりで走りました。
朝霧の坂も時速10kmを割り込まない速度でと自分で
勝手に目標をつくって見事クリアの自己満足。
後半斜度がきつくなるのですが、
苦手意識を払拭するために今時流行らない
根性で押し切りました。
終始アップダウンの連続で好きなルートではないのですが、
これを上手くこなせるようになれば、
もっと自転車が楽しくなるような気がします。

ところが、コースも後半になってきて塩屋を下るあたりから
左足に痛みが走りました。
淡路島でおこったあの痛みの再来です。
本当に踏めなくなったので、ここで終了。
リタイアです。

何が悪いのか分かりませんが、とりあえず病院送り状態です。
早めに止めたので、今はほとんど痛みはありません。
一度スポーツ整形外科みたいなところに行ってみようと思います。

午後からは母と南こうせつのコンサートを聴きに三田市まで行ってきました。
これは母の日“日ごろの感謝”のプレゼントです。
2時に出て3時過ぎには三田市内へ、4時15分開場には時間があるので、
あの有名な小山氏のお店へ行ってみようと向かいました。
ゆりのき台の住宅地内にあります。
そこの一角だけ住宅地では無いような様子で、
駐車場は満車で店は大行列で、あっという間に買う気は失せて、
会場へ向かおうとなりました。

道中で三田屋本店やすらぎの郷を発見。
時間もあるので、入ってみようとなりました。
広大な敷地に贅沢な植栽・建物の配置で落ち着いた雰囲気です。
母と2階の喫茶でコーヒーとケーキを頂きました。
どちらも上品な味で満足しました。

そして本日のメインこうせつのコンサート
17時開演で、緞帳(どんちょう)があがる前から前方のお客さんはハイテンションで
「こうせつ!」コールです。
母も隣で楽しみにしている様子。
2時間半のステージも後半になりますと、
最初は大人しかった三田市総合文化センター大ホールも盛り上がってまいりまして、
最後の曲「満天の星」になりまして、客席も総立ちかと思いきや、
立っているのはかぶりつきの濃い親衛隊の皆さんと、
後ろの僕と母とその後ろの一部のお客さんだけでした。

三田市のお客さんは大人しいんですかね?
まぁ、それでも「満天の星」の“お約束”の振り付けを母と楽しんできました。

ケガは痛いけど、良い日曜日でした。