31 agosto, 2007

適性

僕の仕事は社会の秩序を維持するための仕事のひとつです。
公共の利益に貢献する仕事です。
見栄えのよさ、派手さとは無縁の仕事で、
時には朝から晩まで数字のみを追いかけ、
時には真夏の太陽の下でひたすら地面と格闘する。
そんな地味な仕事です。

ただ、僕の性格には合っている。

しかし、僕がこの僕の性格でなければやってみたかった
仕事があります。

クリエーターといわれる類の仕事です。

彼等は無から有を創り出す(創り出しているように見える)
彼等の肩書きは横文字だ(笑。それだけでまぶしい)
彼等の作品は美しく華やか(なように僕の目には映る)

勝手なイメージです。
クリエーターの方の努力を無視しているわけではありません。
しかし、僕の仕事とは対極にあるような気がします。
僕達の仕事には創作はありえません。
創作すればそれは違法です。

もう一度人間に生まれ変わることができるなら、
来世は何かを生み出す仕事をしてみたいです。

29 agosto, 2007

ブエルタ・ア・エスパーニャ

ジロ・デ・イタリア
ツール・ド・フランス
ブエルタ・ア・エスパーニャ

これら3つのレースを総称して
グラン・ツール(3大ツール)といいます。

9月1日より今年最後のグランツールである
ブエルタ・ア・エスパーニャが始まります。
3週間かけてスペインを一周するこの
ステージレースは、グランツールで一番、
山岳がきつくて有名です。
毎年山で過酷な総合優勝(マイヨ・オロ)
争いが繰り広げられます。
今年は、4ステージも山頂ゴールがあるよう
なので本当に楽しみです。

昨年のマイヨ・オロはアスタナの
アレクサンドル・ヴィノクロフでした。
しかし、ここでも書きましたが、
ツール・ド・フランスで
ドーピングコントロールで陽性反応がでて、
出場停止、チームも解雇となりましたので、
今年のブエルタには出場しません。
スペインの至宝
ケースデパーニュのバルベルデは、
世界選に出場予定でブエルタは回避するとか

とにかく、寝不足の毎日が
またやってきます。

27 agosto, 2007

人を信じる

「じゃあ、頼むわな。」
と言う瞬間は自分のこれまでの人生の成果が試されます。
その人を全面的に信頼して、あることを任せるのですが、
その人が信頼に足る人物であるかどうかを見極めるに際して
具体的な数値基準がないので、
僕なら僕がこれまで生きてきた経験から判断をするわけです。

日ごろ保守系ブログをウロウロと覗きに行くのですが、
その中でこの人は一体何者なんだろう?
と思わすようなすごく緻密で詳細で調べこんだ上でUPしている
と思われる人のブログがあります。
その人は、あることのキャンペーンにFlashをつくりたいから
カンパして欲しいとブログ上で寄付を募ったのです。
それからかなり月日が経っているのですが、一向にFlashを
お披露目する様子も無く、かといって進捗状況をブログで報告する
わけでもなく、
ついにはブログ更新そのものがストップしてしまいました。
寄付の合計は200万円を遥かに越えているようです。

何者が管理者なのかはさっぱり僕には分からないのですが、
旧日本軍の話やパラオ共和国と日本との話など涙無しには読めない
ような素晴らしい話を掲載される方で僕は、
「こんなエエ人もおるんやなぁ。」
と感心しながら読んでいたのです。
その方が、今回のような、警視庁も動いていると言われるような
事件を起こしました。
寄付をした人達は当然、照会のメールなどを送るのですが、
ほとんどなしのつぶてで現時点でも何の方針も示されていません。

僕は、寄付をしなかったのですが、完全に尊敬の念を持ってブログを
読んでいたので目に見える被害は無いのですが、裏切られた感は
強くありました。

人を信頼するというのは本当に難しいようです。
web上でだけの話ですから、
こんな極端な例は参考にならないとは思いますが、
思想信条だけをもってある人を誠実な人だと断定しかけていた
自分にとって今回の一件は反省をせざるを得ないものでした。
人対人の直接の関係においてはもっと露骨に体感させられるでしょう。
信頼した人に裏切られることは、裏切った相手を責めたくなる気持ちと
共に、そんな人物を信じてしまった自分をも責めることとなります。
それは仕方のないことですけれども、かなり凹みます。
「これまで生きてきて、人を見る目は全然鍛えられなかったのか?」
「俺ってアカンなぁ・・・。」

裏切った人間が悪いのは言うまでもないのですが、
やっぱり・・・

それでも人を信じたいという気持ちはもちろんあります。
しかし、その気持ちをゆるぎないものにするためには、
鍛えなければならないものは鍛えなければなりませんし、
養わなければならないものは養わなければなりません。

しかし、最後は気持ちです。
人を信じて任せる瞬間は、その瞬間までの己の人生の集大成です。

17 agosto, 2007

いやごと大歓迎

お盆明け、めっちゃ忙しいというわけではありませんが、
ほどほど仕事はあります。ありがたいことです。
そんな中、ウチの先生と1時間ほど雑談というか、
話をしました。
ウチ等の業界の今後と僕自身の将来です。
僕の携わる仕事は、専門性が強く、新規に事業を興して
すぐに顧客がつくような仕事ではありません。
こんなものに例えたくはないですが、
政治家のように、地盤・看板・鞄を受け継ぐのが、
一番早く確実な業界です。
一から興すと1千万以上の資金が必要で、
しかもそこらを歩く人がぽっと扉を開けて、
これくださいと商品を買っていくものでは無く、
既に不動産を持っている人がああしてくれこうしてくれ
とか、これから不動産を買う人が少なくとも3000万円
程度の融資を受けられる事を確定させた上で登記してくれ
と多くはハウスメーカー経由で仕事がやってくる。
といった感じで、例えば脱サラで始めるには、
あまりにもリスクが大きすぎる業界です。
僕はウチの先生にまぁ言えば弟子入りして、
世話になっているわけですが、この業界は現職の方が段々廃業
していき、新規に業を興す人でもすぐに先が無いと廃業する
人が多く、若干寡占気味になりつつあるようです。
ウチの先生は、
「まぁ、そんなこと気にするな。君はお世辞にも要領が良い
とは言えないが、こつこつするタイプだから必ず身に付く。」
と言いました。
世の中絶対はありえないので、僕がこの仕事で大成するかは
未知ですが、
今更仕事を変えることなどできるわけもないし、
地味な仕事ですがこの仕事が好きですので、
しがみついてでも続けていきたいと思っています。
ウチの先生は同じことを何度も言ってくれます。
頑固で昔気質の口うるさい先生なのですが、
時にはうっとうしいなぁと感じつつも、
ありがたく拝聴しています。
父亡き今、ここまで他人に人生を説いてくれる人はありません。
ウチの先生に世話になることになったことを、
感謝し、廃業されるまでお使えすることを固く誓い、
日々、仕事にまい進したいと思います。

仲良しクラブの安倍内閣を率いる安倍首相に物申したい。
自分を慕ってくれる身内で固めるのも良いが、
自分に辛く当たり、叱咤激励をしてくれる
先輩を必ず採用すべきですよ。
そんな方の一言に現状を打開するきっかけがあるものです。
Yes Manだけを側に置くと、遠くない未来に
あなたは裸の王様になります。

マスコミは安倍下ろしに躍起になっていますが、
安倍晋三個人は、まだ死んでいないと思います。
クレバーな側近を据えることができれば、
起死回生の一発などたやすいです。
月末の組閣が楽しみです。

15 agosto, 2007

敗戦に思う

毎年、この敗戦記念日を中心に日々先の大戦について
考えるのですが、
やはり、あの戦争は自衛戦争であり、
断じて侵略戦争ではないという結論に至ります。
そもそも“侵略”の定義すら今、現時点僕がこれを
書いている今もあいまいなのです。
“自衛”と“侵略”の境目を国際社会は
明確にできていないのです。
であるなら帝国主義が跋扈する当時、
列強各国はアジア・アフリカに多数の植民地を持ち、
更なる拡大を図っていたのにこの国はそれを
指を咥えて見ていれば良かったのでしょうか?

上の言葉を使うなら
“自衛”のために“侵略”したのです。
朝鮮半島はこのままいけば赤化される。
そうすれば日本の周りは共産国家ばかりになり、
我が国の安全保障上脅威になる。
そんな中で韓国で当時最大の政治結社である一進会の
希望があり、国際社会公認の上で韓国を併合したのです。
これをしなければ韓国は今もって共産国家であったろうし、
そうであれば現在のかの国の発展は無かったと言えます。
当時、日本は韓国の統治に莫大な“日本の国家予算”を
使いました。植民地という認識はまるで無く、本国同様に
扱っていたといえるでしょう。なぜなら植民地とは
単なる搾取の対象であり搾れるだけ搾り取るというのが、
列強の植民地政策だったからです。

当時の日本軍にしても国際法を遵守し、とても規律正しい
部隊ばかりだったと聞きます。

当然じゃないですか、それって僕の祖父達であり、
あなたの祖父達なんですから。

故松井やより氏の言うように、
「旧日本軍は遠征先の現地人を暴行したり、殺人したり、
 強姦した。しかし、私の父は軍人だったが
 そんなことはしなかった。」
みたいなことは言えないでしょう。
故人を非難するのは些か複雑な気持ちではありますが…。

負けたから卑屈になるなんてそれこそみっともないです。
負けた戦争にも大義はあります。
当時アジア一体で独立国家だったのは
日本とタイだけだったんです。
その他の国はほとんど列強帝国主義の植民地だったんです。
日本は国家の独立を賭けて戦った。そして負けた。
国家の全てをもって戦ったんです。
已むに已まれず戦地へ行った父や兄弟がいたかもしれません。
みんな当然生きて、また日本の土を踏みたかったでしょう。
しかし、それもほとんどの兵士は叶わなかった。

それまでして尊厳ある独立を勝ち取ろうとしたんです。
日本の歴史、伝統、風土、そこに住む人々を守ろうとしたんです。
それ以上の価値があるでしょうか?

そんな大義ある戦争を戦った当時の日本を、
ただ単に軍国主義国家と決め付けるのは、
愚かで悲しい人としか言いようがありません。

殊更に美化するつもりはありません。
当時の多くの方々の苦難がある上に今の日本がある。
靖国へも行き、千鳥が淵へも行き、
ただありがとうございます。
と感謝したい気持ちで一杯です。

13 agosto, 2007

お盆です

父方祖父の妹のだんなさんが昨年亡くなり今年初盆、
仏さんに挨拶に行ってきました。
80もとうに過ぎ、近所に姪が住んでいて、
何かと世話を焼いてくれるものの、
一人暮らしは寂しいと漏らしていました。
平成13年に夫を亡くした“僕の母”も、
その話を聞きながら、
「やっぱり、4~5年は辛かったよ。
普段、あれこれしている間は思い出すこともない
けれど、ふとしたときに猛烈に寂しさが襲う。」
と行っていました。
ウチからも近いので、折をみて話し相手にでも
行こうと思ったのでした。

そのおばあさんから、父の話を聞きました。
ウチの親父はバカ(勉強が出来ない)だから、
当時勤めていた会社に入社するのに身内一同、
往生したそうです。
でも父は、人の面度をみるのが好きで、
何かあればやって来て、ひとしきり話して帰ったり、
土の付いたままの大根をぶら下げて、
「今、抜いてきたところやからおばぁ、食べや。」
と持ってきてくれたり、
阪神・淡路大震災の時には、
老人二人暮らしだったおばあさん達のところに、
食べ物を持って行ったり、家の修繕をしてくれたり、
と話してくれました。
「ひろっちゃん(ウチの親父:弘)、あんなええ子
やったのに、なんでウチ等より先に逝ってしもうたんやろな。」
と残念がっていました。

親父はどちらかと言うと静かで、酒が入ると陽気になり、
寂しがりやで、母曰く尻が軽く思い立ったが吉日直ぐに行動に移す。
どちらのお子さんかも分からない子供達と楽しく遊ぶ、
人が大好きな人間でした。
そんな親父が周りからとても愛されていたことも、
今日改めて知らされました。

祖父達は親父が亡くなるまで55年間の付き合いがありました。
僕は親父とたった25年しか接することができませんでした。

今日聞いたような話は僕が目にすることは無かったことでした。
僕は親父を誤解していた部分が多くあった。
僕は親父のことを何も知らなかったようです。
今更で切ないですが、聞けて良かった。
男の価値はそのやさしさの本質できまる。
親父は今の僕が理想とする人間像を体現した男だったようです。

親父が亡くなって7回目の夏です。
明日、親父を迎えるのですが、
どうやら「親父、ごめん。」
と謝らなければならないようです。

11 agosto, 2007

暑い夏

最後の便り
海軍中尉 小川 清

 父母上様
 お父さんお母さん。清も立派な特別攻撃隊員として出撃
する事になりました。思えば二十有余年の間、父母のお手
の中に育った事を考えると、感激の念で一杯です。全く自
分程幸福な生活をすごした者は他に無いと信じ、この御恩
を君と父に返す覚悟です。
 あの悠々たる白雲の間を越えて、坦々たる気持で私は出
撃して征きます。生と死と何れの考えも浮びません。人は
一度は死するもの、悠久の大義に生きる光栄の日は今を残
してありません。
 父母上様もこの私の為に喜んでください。
 殊に母上様には御健康に注意なされお暮し下さる様、な
お又、皆々様の御繁栄を祈ります。清は靖国神社に居ると
共に、何時も何時も父母上様の周囲で幸福を祈りつつ暮し
ております。
清は微笑んで征きます。出撃の日も、そして永遠に。

神風特別攻撃隊第七昭和隊
昭和20年5月11日南西諸島方面にて特攻戦死

「英霊の言乃葉」より引用

上記は、24歳の若さで特攻死した小川中尉の遺書です。
この他にも大勢の若者が当時こうして遺書を残して
散っていきました。
戦局が悪化する中、已むに已まれずに特攻という選択を
選ばざるを得ない状況にまで国を追い込んだ政府・大本営
に対して彼等も文句のひとつでも言いたかったかもしれません。
しかし、家族や恋人たちの暮す日本を守る為に、泣き言も言わず
彼等は戦ったのです。

そんな特攻隊員を無駄死にとか無理矢理特攻に行かされたとか
いう連中に対しては、何というか本当に怒りがわいてきます。
彼等の遺書にしても戦意高揚の為に無理矢理書かされたとか
言うのです。
無理矢理書かされてこんなに愛情のこもった文章を
書けますでしょうか?
彼等は日本の未来の為に命を賭けて戦ったのです。

安倍内閣は8月15日の敗戦記念日に
16閣僚全員が靖国神社に参拝しないことを表明しました。
もともと安倍首相は例大祭に参拝するのが本来として、
8月15日の参拝はないだろうと思っていましたが、
何に遠慮をしているのか、他の閣僚まで行かないっていうのは
なんなの?と思う。
国民に配慮をしているのか、特亜三国に配慮しているのか?

安倍内閣、いつまでたっても“空気”の読めない
仲良しクラブです。
英霊達はこんなやつらには来てもらわんでええわと
思っているかもしれません。

06 agosto, 2007

ご馳走様でした

あるお店でお昼ごはんを食べて、
第二突堤へと向かい、7時30分から
1時間花火を楽しみ、
事前に晩飯をご馳走してやってくれと
指示があり、
焼肉が好きだとのことだったから、
焼肉を食べに行ったわけです。
で、塩タン、はらみ、上ロース・・・
一通りたのんで、
さあ、食べようと機嫌良く食べ始めたのですが、
途中からどうも美味しそうに食べません。
肉が柔らかすぎて食感が気持ち悪くて
食べられないと、
一気に箸が止まってしまいました。
ご飯やキャベツでお茶を濁し、
「この中で一番美味しかったのは塩タンくらい。」
と・・・。
食べ物の好き嫌いはひとそれぞれあろうが、
お店の人が傍におるのに、
そんなこと言うかよ?
結局「ごちそうさま。」
も無しに帰ることとなりました。
こっちは機嫌が悪いから電車で帰れと
言いたかったのですが、
友人から預かったこともあり、
11時もまわっていたので、
大阪まで帰る間に何かあったら、
言い訳もできないので車でお送りしました。
できればもう会いたくないです。
この春から働き始め、
アシスタントで20歳なりの給料しかもらえずに、
あれこれ苦労しているという話をしていたので、
1,000円を稼ぐのがどれだけ大変かを、
分かったろうに、
それであの態度じゃあその経験も報われないですよ。

というデートだったんです。
昨日のエントリーにコメントいただいた皆さん、
ありがとうございます。
更なる展開もご期待に沿えずにすみません。
このエントリーをもってレスに代えます。

常々思っており、ことあるごとに人に言うのですが、
自分がその気があろうが、
思いもかけずご馳走になろうが、
人に飯を食べさせてもらっていながら、
美味しくないと言ったり、
ご馳走さまも言わずに帰るやつは、
男であろうが女であろうが、
また、すごく可愛い女の子であっても
僕は大嫌いです。

*因みに、相原久美子は自治労の存在を前面に出さない
 選挙戦を展開し、有権者を騙して勝ったヤツという
 僕の認識ですから、
 こいつは、下衆野郎(女ですが)です

05 agosto, 2007

昨日の出来事

昨日は、二十歳の女の子と花火&焼肉デートをしてきました。

01 agosto, 2007

それみたことか



相原久美子の本音です。
投票が終わってからこのVTRを流すよう
相原から注文があったらしいですよ。

民主党に投票された皆さんは、
こんなやつが民主党から出馬していることを
知ったうえで投票されたんでしょうねぇ?

社保庁は存続ってことでOK?

31 luglio, 2007

民主党?

小沢一郎、今は喜色満面の笑みだけど、
それが引きつった恐れ慄く表情に
なる日は遠くないですよ。

自治労が推す相原久美子が民主党比例代表トップ当選
しました。
自治労とは全日本自治団体労働組合の略称で、
地方自治体職員などによる労働組合の連合体で、
ややこしのですが、
要するに労働組合といっていい組織です。。
自治労傘下の社会保険庁の労働組合は国費評議会といい、
組合員数は自治労の約1%ですが、その力は絶大と言われています。

ということで、民主党に投票したかたは、
“社会保険庁なんか解体せい!!”
といいながらその社会保険庁の
代弁者をトップ当選させてしまったわけですよ。

小沢はどうやっていくんでしょうね。
安倍首相はかたちはどうあれ
社保庁解体は常々言っていました。
けど、相原氏を抱えると小沢はそんなこと
でかい声では言えないですよ。

で、岡崎トミ子ですが、今回宮城選挙区で2位の候補者に
約20万票差をつけて当選しました。
この国賊女は基本情報としまして

元社会党

です。
1990年宮城一区から立候補し、衆議院議員に初当選
その後、1996年に民主党設立に関わり、党副代表に
就任しています。

この女のどこが国賊かといいますと、
「戦時性的強制被害者問題解決促進法案」
いわゆる“慰安婦法案”を
2003年1月提出しています。
この共同提案者の中には
福島瑞穂や田島陽子ももちろんおります。

これだけでも噴飯ものですが、

ソウルの日本大使館前で行われた韓国の
慰安婦問題支援団体が主催する
日本政府糾弾の反日デモに参加したのです。
岡崎議員は慰安婦問題で日本政府による国家補償などを
要求する日本での議員立法案に関連し
韓国側との意見交換のため訪韓した。
社民、共産など他の女性議員三人も一緒だが、
日本大使館デモには、岡崎議員だけが参加した。
岡崎議員は約百人の参加者を前に日本での立法活動を報告し、
大使館の建物に向かって韓国人参加者たちとともに
コブシを振り上げていた。
今回の女性議員団に対しては送迎などで
日本大使館から公用車が提供されている。

この国賊野郎はどこの国の人ですか???

こんなことをするのは日本が国策で朝鮮人を
日本軍の性奴隷にした明らかな証拠を示した上で
やっていただきたいです。

我々は国会議員にこんなことをさせるために
歳費を払っているわけではありません。

今回もしっかり、当選されているので、
売国政治活動にも更に磨きがかかることでしょう。

後は、
「年金保険料払っていなくても、
払ったと言って年金貰いましょう。」
「自民党からでも民主党からでもどっちから
立候補しても良かった。」
などと脳みそ空っぽ発言をした上で、
当選してしまった。
“ゴルフの上手な方の”ただのお父さん

こんなわけで、民主党は右から左+只の人
と人材豊富な政党となりました。
早晩解体されることでしょう(希望含む)。

社会保険庁の堕落振りに腹を立て、自身の老後の
年金が不安

拉致問題は早く日本の望むかたちで解決して欲しい

実力のある本当のプロの政治家に日本の舵取りを
任せたい

我々の祖父の名誉を回復したい

など考えながら民主党に投票された皆さん、
期待できますか?

シャンゼリゼゴール

ツール・ド・フランス
28日の個人T.T.終了時点で、
1位のコンタドールが2位のエヴァンスに
23秒の差をつけマイヨ・ジョーヌを
ほぼ手中にしました。
最終日、無事にシャンゼリゼに着けば
マイヨ・ジョーヌ確定です。

***

翌29日終始和やかな集団は、
パリの周回コースに入って、
ステージを狙う選手がアタックをかけ、
ロバート・ハンター(スプリンター)
を抱えるバルロワールドが
集団を引くといった展開に入りました。
一時逃げが決まるかと思われましたが、
逃げは吸収されスプリントになりました。
クイックステップのデヨンフが
エースであるボーネンの為に引いている
つもりでしたが、その後にいたのは、
なぜかランプレフォンディタルの
ベンナーティで、そのベンナーティが
スリップから抜けてシャンゼリゼゴールを
取ったのでした。

4勝ジャージは
マイヨ・ジョーヌ:アルベルト・コンタドール
マイヨ・ヴェール:トム・ボーネン
マイヨ・ブランアポアルージュ
        :マウリシオ・ソレル
マイヨ・ブラン :アルベルト・コンタドール

2年連続ドーピング問題に振り回されましたが、
抜本的な改革がルールづくりにおいて
必要なようです。ビッグネームの相次ぐ出場停止は
ツールのファン離れを加速させます。
現にフランスの若い世代では自転車よりも
サッカーなど他のスポーツへ流れている
ようです。
逆に、日本など自転車後進国で
サイクルロードレースファンが増えているのも
確かです。
これにて、2007年ツール・ド・フランスは
終了です。
来年も新たなスターの出現を期待したいです。

*ジロのドーピング検査で異常がみられた
 ペタッキの疑惑が晴れたようです。
 この疑惑でツール・ド・フランス出場を
 見送ったのでとにかく次のグランツール
 ヴェルタでの活躍を期待します。

30 luglio, 2007

投票してきました

相変わらず世間をバカにした選挙戦が展開されているようです。
タレント候補といわれる連中を堂々と立候補させる
既成政党に対しては呆れ返っております。
自民党からは丸山氏に丸川氏、義家氏とかいう
エセ教育者風情も例に漏れず。

丸山はこれまで散々自民党をこき下ろし
ておいて自民比例区で立候補。
これじゃあ、これだけ自民党をコケにした自分が
自民党から選挙に出るんですから
自民党は立派な政党になりますよ。
生まれ変わりますよ。
っていう演出のための何年にも渡る“仕込み”
だったんじゃないかと疑いたくなる

丸川はブラウン管の向こうにいるときは、
アナウンサーだかキャスターだか知らんが、
「皆さん投票に行きましょう。」
と言っておきながら、テメーは帰国後、
転入届未提出で選挙権無し。
いっその事被選挙権も剥奪してやれば良かったのにね。
挙句の果てには泣き落とし。
女の泣き落としは激しい男女差別ですよ。
とりあえず目の前にいる男が問答無用で悪者になりますからね。

民主党からはプロゴルファーの“親父”
プロゴルファーと違いますよ。
その親父です。
この人に一体何を期待するんですか?
昨日までゴルフ漬けだった人に今から政治やれって、
無茶言うたらいかんで、
これやったら自民で落選した米田健三氏とかに
期待する方がずっと国のためになると思うけど。

***

で、日本中の大勢の皆さんが投票された民主党ですが、

小沢一郎は自民党時代1990年金丸訪朝団が金豚の親父に
“謁見”に行った翌月にしっかり北に行っています。
1990年と言えば自民党内部ではしっかりと、
拉致が疑惑ではなく事実目の前にある問題として
十分認識されていた時期です。

小沢の10億を越えるといわれる隠し財産とか小沢一郎名義で
登記されている10を超える不動産とか、政治資金で
つくりだしたんじゃないの?って皆さんほとんど決め撃ちなんですよ。

民主党の角田義一とかいうやつは朝鮮総連傘下団体から
違法な献金を受けたうえ、それを政治資金収支報告書に
記載していなかったんですよ。

日本国民の敵である北朝鮮と仲良くしているやつが
いる政党なんか支持しちゃってもいいんですかね?
売国的行為以外の何ものでもないと思いますが?

自民党に投票して欲しかったなんて、
全然言いませんが、こんな売国政党に投票することは、
公明党(創価学会)や社民党に投票するのと同じくらい
売国行為をおこなったと言わざるを得ないと思います。

せめて白票にしてよと言いたい。

参議院では民主党が第一党となり、野党で過半数を
取りました。
数々の法案は衆→参→衆とたらい回しにされ、
可決が遅れます。

この弊害はかならずどこかで我々国民に
痛みとなって返ってきますよ。

後悔先に立たず

早く政界再編来ないかなぁ

29 luglio, 2007

生別府

11時から須磨にあるTREkで、
プロサイクリングチームである
ディスカバリーチームに所属している
別府史之選手のトークライブイベントが
あるので、10時過ぎからぼちぼち車で須磨へ
移動しました。
すぐに駐車場に停められると思ったら
大間違いで、この時期は海水浴のメインシーズンで、
周辺の駐車場はどこも満車、
仕方なく、須磨税務署の敷地に停め(違法?)
急いで会場であるTREKのフラッグショップへ
向かいました。
30人程度既にお客さんがおり、
11時から別府史之選手と白戸太朗さんが
出てこられました。
お二人とも有名アスリートオーラが
全身から出ており、かっこ良かったです。
別府選手は確固たる目標を持っておられて、
着実にキャリアを重ねて、
然るべき時にツール・ド・フランスに出場したい
と話されていました。
見た感じは、(失礼ですが)ボーっとした感じ
かなと思ったのですが、
実際に話を聴くとやっぱりプロやなぁと思いました。
握手会では次回参戦予定のレースを伺い、
“応援しています”と一声かけて、
がっちりと握手を交わしました。
完全にミーハーファンとなっていました。
行って良かった。

26 luglio, 2007

唖然・・・

ツール・ド・フランス総合首位を走るミカエル・ラスムッセンが
第16ステージ終了後所属チームであるラボバンクから
解雇処分を受け、第17ステージから出走しないこととなりました。

今朝、ラスムッセンの強さを認めざるを得ないと書いたら、
こうなってしまいました。

解雇の理由については、以前書きましたが、ドーピング薬物を
使用したからではなく↓のとおりです。

以下、ロイターの記事(現地時間25日)の一部抜粋です。

所属チームのラボバンクは、ラスムッセンが6月の練習場所
について虚偽の報告をしていたと、解雇理由を発表した。
居場所についての虚偽報告は国際自転車競技連合(UCI)
の規定違反であり、ラスムッセンは個人スケジュールの報告ミスで
UCIから2度警告を受けていたという。

ということです。

UCIはいつでもドーピングの検査を抜き打ちでできるように
しているんでしょうか、この規定により今日17ステージから
ラスムッセンは走らなくなります。

チームメイトのマイケル・ボーヘルトはこのツールは現役最後の
ツールでラスムッセンを献身的にアシストしていたのですが、
彼の心中を思うと言葉もありません。

総合争いについても、
コンタドールが代わってマイヨ・ジョーヌを
着ることになるんでしょうか?
なんか、嫌ですねぇ、昨日の16ステージでコテンパに
やられてますから、それで今日になって
「はい、あなたマイヨ・ジョーヌ着て走ってね。」
って言われても、
「はい、分かりました。」
って、言えないでしょ普通。


今年のツールは、昨年以上にドーピングに振り回されています。
観ている方も、強い選手は絶対ドーピング薬物使ってるで、
みたいに、色眼鏡でしかみられなくなりますよ。

ツールの主催ASOは殊更ドーピング排除に徹底しているから、
こうも明るみに出るんでしょうが、
他のスポーツは大丈夫か?
と思ってしまいます。

何度も書きますが、
それでもサイクルロードレース観戦は止めません。

光と闇

昨日で総合はほぼ確定しました。
最後のオービスク峠で、コンタドールの
再三に渡るアタックをマイヨ・ジョーヌの
ラスムッセンは難なく防ぎ、
最後には足を使い果たしたコンタドールを
置き去りにして区間まで取ってしまいました。
コンタドールは35秒遅れの3位でゴールしました。

ラスムッセンは最後まで余裕でした。
観ていてもつまらなくなるくらいに、
コンタドールがアタックをしてもそれに釣られずに
イーブンペースで登って行き、結局吸収する。
これの繰り返しでした。

コンタドールのアタックはとても鋭いもので、
誰もついていけないものなのですが、
そのアタックの後に続けてハイペースで
登っていけないので、アタックはするものの、
シッティングで踏み出すと後続に追いつかれる
ので、結局ライバルを離すことができないのです。

これが、パンターニになると加速で一気に突き放して、
そのままほとんどペースを下げずにゴールへひとり
突き進むといったかたちになるわけですね。

コンタドールはマイヨ・ブランを着てレースに出ている
ことからも分かるとおり24歳とまだまだ若い選手です。
その彼がここまでマイヨ・ジョーヌを苦しめる走りを
したわけです。将来が楽しみな選手です。

一方、マイヨ・ジョーヌをほぼ手中にしたラスムッセン
ですが、アベレージペースで淡々と登るスタイルは、
個人的に面白みに欠けるなぁと思いながらいつも見ています。
しかし、その強さは今ツールで明らかなものとなりました。

実はタイムトライアルの練習もかなりしていたんです。
みたいな13ステージの走りなどは、チーム事情とは関係なく、
あんたもマイヨ・ジョーヌ狙っとったんかいな。
と、僕は、ラスムッセンはあまり好きな選手ではないようです。

で、また一チームドーピングにより
ツールから去ることになりました。
興ざめしますわ。

マイヨ・ジョーヌのラスムッセンだって完全な白で、
今の地位にあるわけではないので、
いまひとつ釈然としないものが残ります。

でも自転車、観続けるやろうなぁ

25 luglio, 2007

・・・

第13ステージ終了後のヴィノクロフの
ドーピング検査で陽性反応がでたそうです。

血液ドーピングの疑いがあるそうです。
他人の血液を輸血した疑いだそうです。

この血液ドーピングとは、自身若しくは他人の
血液を輸血することにより、一時的に赤血球増加、
つまり酸素は赤血球によって運ばれるの
で末梢までの酸素が輸血前に比べて
行き渡るように操作することだそうです。

酸素が抹消まで行くということはそれだけ
運動能力が向上するというわけで、
それを人為的に操作するわけだから、
やっぱり規定違反になりますよ。

Bサンプルの結果待ちなのですが、
今日まで毎日毎日ヴィノクロフに
一喜一憂させられてきた
僕はショックでたまりません。
僕のツール期間中のブログは完全に
ヴィノクロフ中心に書いていたんですよ。
世界中のファンも悲しみに暮れています。
これによって彼のこれまでのキャリアまで
否定されていまうじゃないですか、

サイクルロードレース界のドーピング汚染は、
かなりのところまで進んでいるようです。

昨年のランディスの一件や
オペラシオンプエルトで、
今回のツールはクリーンな中で行われると
誰もが信じていたので、
この総合優勝候補筆頭の違反は、
レース界への裏切り以外の何物でもないでしょう。

これにより、ヴィノクロフはもちろんのこと、
アスタナチームも今ツールを去ることとなりました。
クレーデンもカシェキンも今日は未出走です。

でも、ツールは最後まで続行されるそうです。
総合トップのラスムッセンも届出のミスがあったり、
関西人に言わせれば、

「ホンマ、もう“わや”やなぁ、これ!」

といったところです。

ヴィノクロフはこのまま引退かな・・・

24 luglio, 2007

漢(おとこ)ですわ~

ヴィノクロフが2勝目を飾ってしまいました。
彼には一喜一憂させられてしまいます。
僕だけでは無くカザフの大統領を始め、
全世界のサイクルロードレースファンを
とりこにしてしまっています。

このピレネーのステージからは
ラスムッセン、コンタドール、エヴァンスによる
マイヨ・ジョーヌ争いに注目がいっているのですが、
それとは別のところでプロローグからずーっと
ヴィノクロフはメディアの注目を集め続けています。

正直、昨日の超級バレ峠、1級ペイルスールド峠なんか
では、トップ争いよりもインターバルでアタックを
かけまくるヴィノクロフに釘付けでした。
マイヨ・ジョーヌを守るラスムッセンは
ピュアクライマーで、イーブンペースで淡々と
山を登っていきます。
これが今の彼にとっては一番確実にマイヨ・ジョーヌを
守る方法で、誰も彼を攻める者はいないのですが、
しかし、プロスポーツですから、観客は
“何か”を求めて
ツール・ド・フランスを観戦するわけですよね。
それがヴィノクロフのあの戦闘的な
アタックなんだろうと思います。
21日間レースを戦って、後半戦マイヨ・ジョーヌを
着ているラスムッセンにはアタックをかける理由が
無いので彼がアタックをするシーンなんて
絶対に観られません。
しかし、総合争いから脱落しているヴィノクロフは
戦前にマイヨジョーヌ候補者筆頭と言われた
プライドにかけて今、暴れまくっています。

13ステージの個人T.T.と昨日の15ステージ超難関山岳
を取ったことによって自身の総合力を証明しました。
今日は休息日です。
また、明日もやってくれるかもしれない、
ファンにそう思わせるに十分な後半戦の活躍ぶりです。
毎日が見逃せません。

ここまできたら、パリ・シャンゼリゼゴールまで狙うか?
彼は一度シャンゼリゼ取っていますからね~
ピュアスプリンター達もまだまだ残っていますが、
絶対に狙ってきますよ。

23 luglio, 2007

勝者の峠

昨日は、パイエール峠を越え、プラトー・ド・ベイユ峠ゴールの
超難関ステージでした。

連日厳しいレースを強いられている、ヴィノクロフは、
最初の超級パイエール峠で総合争いから脱落、
これで、本当にヴィノクロフは総合を諦めたと思います。
集団はイヴァン・マヨをリーダーに抱える
サウニエルドゥバルが強烈に引いてあっという間に
少数集団になりました。
しかし、マヨは続くプラトー・ド・ベイユの登りで、
マイヨ・ジョーヌ集団から脱落、
サウニエルの引きはいったいなんだったんだ?
みたいな展開になりました。

最後は総合2位につけていたカデル・エヴァンスが脱落して、
総合トップのラスムッセンとマイヨ・ブラン(新人賞)の
アルベルト・コンタドールでのガチンコ勝負となりました。
定石通りいけば展開からいくとラスムッセンが8秒差を受け入れて
コンタドールを優勝させるのですが、ラスムッセンはそれを
拒み、最後まで足をゆるめずに優勝を狙いにいきました。
このプラトー・ド・ベイユはマルコ・パンターニや
ランス・アームストロングなどツールで総合優勝を果たした
選手が制しているゴールだからです。
しかし、ピュアクライマーのラスムッセンは最後スプリントの
足がなく、競ることができずコンタドールがステージ優勝しました。
ラスムッセンは当面の敵であったカデル・エヴァンス
に十分な差をつけることができたので、
ステージ優勝はできなかったものの、シャンゼリゼでの
マイヨ・ジョーヌをより現実のものとできる位置につきました。

しかし、ラスムッセンにもドーピングの疑惑が出てきているようです。
昨年のフロイド・ランディスに続き、「またかよ!」な状況ですが、
これは、ツールが終わってからも昨年同様尾を引きそうな問題です。

*H19.7.23 16:27追記 
 ラスムッセンのドーピングに関する問題は、
 使用に関するものではなく、トレーニング場所を、
 しかるべき団体に知らせなかったことによるものです。

22 luglio, 2007

結果とちょっとツール

今朝は早よから高校へ行き個人練習をし、
9時から“島唄”を合わせました。
この曲は入手の段取りにより、
今日楽譜を初めて見ました。
ということで、初見・即本番です。
高校で他の5曲と島唄を合わせて、
10時30分頃に演奏場所である、
沖縄料理“ぐうくる”さんへ移動、
11時30分にお店がオープンしまして、
我々も食事をそこでいただき、
13時本番となりました。

曲順
1.I can't turn you loose
2.星条旗よ永遠なれ
3.はばたんカーニバル
4.負けないで
5.Omens of Love
6.島唄

間に2回僕の拙いM.C.を織り交ぜつつ、
あっという間に40分のステージを終えました。
小さいお子さんなどが楽しそうに
踊っている姿なども見られました。
途中で曲が途切れることも無く、
依頼主様にも喜んでいただき、
無事成功となりました。

ウチの高校のOBも顔を出してくれまして、
活発な活動を行うOB会計画も進んでいると思います。

このブログを見ているOBも多いようなので、
「参加しときゃあ良かった。」
と思わせてやろうとも思います。

なんと、今回参加した学生諸君には、
依頼主のご好意により、ギャラが出たんですよ。
出なかった人は残念でした!

先日、ドタキャンをお許しいただいた皆さんにも、
成功の報告を申し上げます。
改めまして、ありがとうございました。

+++

昨日は個人タイムトライアル(以下個人T.T.)でした。
天候が悪く雨の中でのスタートとなりました。
個人T.T.は総合タイムの悪い選手からひとりずつ
3分間隔でスタートしていき、それぞれのゴールタイムで
ステージ優勝を争います。
で、なんとあのヴィノクロフがステージを取ってしまったのです!
前半のステージの落車で今回のツールは誰もが、
ヴィノクロフアウトと思っていた中での優勝で、
しかも、個人総合でも5分10秒遅れの9位に浮上です。
今日からピレネーの山岳ステージに入ります。
昨日の様子を見るとヴィノクロフはとてつもない
早さで回復しているようなので、
今日からも俄然彼に注目せざるを得なくなりました。
個人総合トップは変わらずラスムッセンです。
2位はカデル・エヴァンスです。
解説者の面々はエヴァンスの
シャンゼリゼでのマイヨ・ジョーヌが可能性として
高くなってきたと言っていました。

さて、どうなりますことやら…