10 giugno, 2010

日本国売ります内閣

荒井国家戦略相の事務所経費架空計上問題。
過去、松岡利勝元農相は自殺(?)に追い込まれ、
赤城徳彦元農相は辞任した。

クリーンな内閣をということで発足した
菅内閣ですが発足2日目にしてこのような問題に直面しました。

前より僕は思っているのですが、
クリーンでなくても良い。
(まぁ、クリーンであることに越したことはないのですが、
人間がやっている以上完璧は無理)
日本国のために身を削って仕事してくれれば良いんです。
2500万円程度の国会議員の年収など
むしろ安いくらいだと思っています。
国会議員の給与が安い、安いのに選挙にはやたらと
金がかかるからこうしたせこい手法で使える金を
搾り出すことになっているのではないでしょうか?

で、菅内閣ですが、
この活動家集団が日本国のために仕事をしてくれるのでしょうか?
仙石官房長官が“清新”とおっしゃっていました。
「清新」という言葉を調べてみると、

新しく、生き生きとしていること。さわやかなさま

ということだが、菅内閣は鳩山内閣の元閣僚が11人再任されており、
全くもって“新しく”はなく、再任ばっかりで、
しかも筋の悪いやつらがウヨウヨしており、
中でもとにかくさっさと日本国から追放して欲しい
千葉景子のような日本に敵意むき出しの売国奴がなんと、
また法務大臣を務めるのです。

千葉景子の愛国(?)活動
・日本人拉致実行犯釈放要望書に署名している。
 (この書面には菅直人内閣総理大臣も署名している)
 千葉景子は「うかつだった。」と釈明しているが、
 卑しくも“日本国の”国会議員ともあろうものが、
 自国民を拉致した人物を釈放してくれと要望するなど、
 売国奴以外の何者でもないと思います。
 こんなやつが国民の生命と財産を守ることができるわけありません。

・不法滞在者への行き過ぎる寛容ぶり
 法務大臣になってから
 「(不法入国者やオーバースティの外国人が)日本に長年定着し、
  罪を犯したりすることなく一生懸命働き、家族も日本がふるさとの
  ようになっている人に『帰りなさい』というのはねえ。
  日本社会もそういうみなさんの力で成り立っている。
  少子化などもあり、日本に寄与して地域の一員になっている
  みなさんに温かい目を向けていく方向にしていきたい」
 と不法入国外国人に在留許可の大盤振る舞いをし続けている。

 法務大臣という要職にありながら我が国の法律である入国管理法を
 完全無視した対応です。
 こういうことをしているから千葉景子は“法無大臣”と言われるのです。

・いわゆる従軍慰安婦問題への過剰な取り組み
 この問題に関して僕は日本兵の一部には現地女性に対し強姦を行ったり、
 それ以外でも犯罪に及ぶ者もいたかもしれないが、
 日本国として積極的に慰安婦を募集したり慰安所を設置したりした事実は
 何一つ無いという認識を持っています。
 衛生管理などの関与は事実としてしていたようです。
 ところがこの千葉景子はありもしないこの問題を取り上げ、
 日韓基本条約とサンフランシスコ平和条約で大東亜戦争に関する全ての問題は
 解決済みであるのにも関わらず。
 慰安婦の名誉回復や補償を日本政府に度々要求しているのです。
 世界に向かって有りもしない我々の祖父達が極悪人であると
 大宣伝しているのです。

 他にもこの売国奴については色々あるのですが、
 確かそういう類のエントリーでは
 無かったと思い出したのでこのあたりにしておきます。
 因みに千葉景子は民主党の参議院議員ですが、元々は日本社会党の出です。

 えーと、何でしたっけね?

 菅内閣、他にも口蹄疫をほったらかしにしていた山田ナントカ
 とかいうやつが農水大臣に昇格で、

 ソフトバンクの孫と怪しい関係が続いている原口が再任、
 
 実は無能なヤツであることが露呈した長妻も再任、

 こいつも事務所経費問題が片付いていない、川端も再任、

 その内全てを隠し切れなくなる中井ハマグリも再任、

 実はこいつが一番真っ黒なんでないかい?の亀井も再任、

 で、早速新内閣の足を引っ張る荒井がいて、


 新内閣の目玉?蓮舫は、3年間で約172万円の事務所費架空計上問題を
 指摘されており、
 野党時代に与党議員の事務所経費問題では舌鋒鋭く追及していた割に、
 いざ自分が与党議員となり追及されると、
 「使途等報告書に記載した通り、法律に則り適正に処理しています」
 とFAXで回答するのみで、詳細については説明を拒否してます。
 
 こんな連中を活動家の菅直人が引っ張るわけですよ。
 
 国民に向かって
 「我々はしっかりと日本国をぶっ潰します!」
 と宣言しとるようなもんですよ。

 そら日本がなくなればいいと思っている連中にしてみれば
 大歓迎でしょうけど、僕困りますわ。

 小泉は自民党をぶっ壊すと言っただけで、
 そら勝手にしなはれで済んだけど、
 
 日本壊す言われたら、

 ちょっとあんたら待ったりーな!
 ってなるでしょ。

 
 多少金に汚いのんがまじっとっても良いんですよ。
 
 支那・朝鮮に対して毅然と対応してくれれば。

 公費ちょろまかすヤツがおってもエエんです。

 アメリカの不当な要求を撥ね付けてくれるんであれば。

 きゃっきゃ言うて公費使ってファーストクラスで外遊も
 よろしでしょ。

 日本の歴史と伝統を国として守ってくれるのであれば。

 
 てめぇ等が野党の時には松岡を自殺まで追い込む程
 追及しておいて、いざ自分等が与党になったら、
 忙しいから今はできんとか、無いからな。
 首吊るか、只の人になるかどっちがええのんや?

 現政権・与党の連中は、

 金に汚い癖に、

 更に国まで売ろうとするから気に入らんのじゃ!

09 giugno, 2010

世も末

鳩山は退任の記者会見拒否。

やりたい放題散らかしまくって、後はよろしく・・・

日本人として心底恥ずかしいわ。

07 giugno, 2010

そういうことだと思います

自分のことを考える=国のことを考えるということを分からねばなりません。
ほとんどの人が自分のことすらまともに考えていない
(国のことを考えていない)から
良からぬ政党が政権に就き、日本を良からぬ方向へ導いている
ということを分からねばなりません。
自分の事を必死に考えているというのならば、
まず選挙に行くことです。
選挙に行くために候補者を吟味することです。
多くの日本人が政治に無関心であることが、
多くの日本人が目先のことだけにしか目を向けられない状況を
つくっていることに気づくべきです。
選挙に行くことは自分のことを考えることであり、
自分の家族、特に子供の未来を真剣に考えることなのです。

選挙に行っても何も変わらんと言いながら、
選挙に行かないヤツは文句も言うべきでありません。
金(税金)は出すが口は出さない(選挙に行かない)
単なるパトロンです。

リアルパトロンはもしかしたら口を出すのかもしれないですが、
“こちらの”パトロンは口を出さない(選挙に行かない)
のだから“ちょろい”もんです。

例えば子ども手当てひとつ取ってみても財源を確保できていないのにも
関わらずまず施行ありきで今月から始まっているのですが、
言うまでもなくこれは税金でまかなわれているものであり、
我々全員の負担であり、国債でまかなうのであれば将来世代への借金なのです。

詳細を知るものも漠然としか知らないものも、全国民上げて
「国の借金は減らすべき!」
という共通認識はありながら
子どもがいる世帯はその借金を我が子が大人になったときに返済させ、
子どもがいないものは持って行かれるだけで“イカレコレ”です。

国を考えるという視点で言えば将来の日本を背負う者を国民全員で育てる
というのは正しい考え方だと思いますが、
その金の入口と出口がどうしようもなく筋が悪すぎます。
その金は無理に借金をしてまでつくらなければならないのか?
そうして用意した金をただ単に子供のいる世帯へ配るだけで良いのか?
足りていないと言われる保育施設をつくるとか、
それこそ子を持つ女性が働きやすい環境をつくるとか、
そちらへ金を集中する方が分かりやすいじゃないですか。

国民の歓心を買うため、税金を使って現金を掴ませる。
簡単に言うと我々はバカにされているのです。
そもそも子供手当ては少子化対策なのか経済対策なのかそれすら
はっきりしていません。
はっきりしているのは歓心集め、票集めです。

話が子供手当てに行ってしまいましたが、
自分の生活、家族のことを第一に考えていると言うのであれば、
国の政策、方針に目を光らすことは大事であるということです。

僕は知人、友人に子供ができることに素直におめでとうと言えない
時期がありました。
(表向きは当然笑顔で祝福です)
今でも半分はそうです。

なぜならその子達が大人になった時の日本に
良い未来像を見ることが出来なかったからです。

周辺諸国、はっきり言ってしまえば支那に未来の日本は完全に
支配されているのではないかと思ったからです。

これは冗談でもなんでも無く、当時の自民党政権時から
支那の潜水艦は当時ディーゼル音をガンガンさせながら
日本近海をうろうろし、領海に入ることもしばしばでした。
先日もありました、最近はロシア艦もそうらしいです。
ところが、日本はその都度腰抜けの対応しかできませんでした。
そうこうしている間に米中間の軍事力格差は次第に拮抗してきて、
今や太平洋を境に東西で統治領域を分けようとまで言うになりました。

経済にしても日本は技術力はあるものの、人件費などで支那に完敗し、
製造は全て支那で行われ日本が誇る技術力はただ同然で支那に
くれてやらなければならない状況になりました。
その結果が現状です。
日本の名だたる企業は次々に支那企業に買収されています。

日本は全ての国力において支那に惨敗している状況です。

そして、何よりも不満なのが政府がその支那に対して
強くモノを言わないことです。
何も言わないことは相手の主張を認めることになります。
何も言わない日本は、その内
「我々が日本を植民地化し、日本国民を統治する。」
と言われても何も言い返さないのではないか?
と本気で思ったからです。

そんな日本に生きなければならない我々の子孫の世代は、
あまりにも辛過ぎる。
そんな未来しか与えられないのであれば、
我々は子孫を残すべきでは無いのでは?
と思ったからです。
そのような不幸せな世界を次世代に渡すことは
余りにも無責任すぎると思ったからです。

自分の子供たちが大人になる頃の日本の姿を
想像したことがありますか?
支那は明確に覇権主義を打ち出しそれを隠そうとしません。
隣の朝鮮半島は朝鮮戦争休戦中ではあるものの、
先日の哨戒艦攻撃事件でキナ臭い状況です。
いつ休戦が解かれても不思議ではありません。
我々はこういう国家と隣り合わせにいることも
考えなければなりません。

・自分のことを考える、自分の家族のことを考える
・自分の生きる国のことを考える

このふたつは対極にあるように見えて、
背中合わせであることを我々は知らなければなりません。
人がいつまでも幸せに生きるためには、
国家は独立しており、その国の政治家がその国の政策を決め、
その国の人間がその政策を実行することが必要なのです。

そのために究極の選択を迫られることだってあるかもしれません。
隷従の生存か、独立の為に戦うのか
人が人らしく幸せに生きるためにはどちらを選択すべきなのか?
家族を守るためには男はどちらを選ばなければならないのか?

まぁ、そこまで切羽詰らないように今から
選挙に行く
国を売らない政治家を選ぶ

ことを我々はすべきだということを
20年以上前から僕は言っているわけです。

目先の現金に踊らされる愚かな日本人に
教えてあげてくださいよ。

***

日本のことを真剣に考えている政治家はいるのか?

どうぞ自分で調べてください。
それが自分のこと、家族のことを真剣に考えることです。
大勢いるとは言えないですが、いると思います。

04 giugno, 2010

日本の悲しい常識

選挙なんて簡単なものだと思う。
有権者が自身の選択軸をしっかり立てて
投票すれば良いのだ。

ひと言で言えば国を売らない候補者を選ぶこと。

日本人は優秀だ。
混乱の時代だけれども、日本人のことを第一に考える
候補者が当選して政治を行ってくれれば、
経済だって良くなるはず。

政治の世界において、他国と日本で唯一にして最大の違いが、
国を守る政治家と国をバーゲンセールする政治家がいることだ。

これは絶対に変えなければならない。

03 giugno, 2010

ストイッキ

  9月まで自宅での晩酌を止めます。
  9月までというところが自分らしく、
  更に「自宅で」ということで、
  外では飲めるという逃げ口をつくることが
  「達成できそう感」を持って取り組めることでナイス。

  今日で“断酒”丸3日。
  体調良く、特に朝が良い。
  体が軽く、スッと起きられる。
  これは間違いなく“断酒”効果だ。
  この調子。

  かと言って、“止める”だけでは、
  辛いだけなので、
  禁煙をする人のパイポ(古い?)のようなものを
  自分に用意した。

  サークルK・サンクスで売っていた
  「ウィルキンソン タンサン」
  です。
  ただの炭酸水です。
  しかし、この炭酸が寂しい口を紛らわしてくれます。
  「これならいける!」
  と思ったのでいよいよ実行に移すことにした。
  負けない喧嘩はしないではないが、
  このセコさも勝つ(克つ)ためには重要。

  丸三日も酒を飲んでいないなんてホンマに久しぶり。
  浴びるほど飲むタイプではなく、大好きなわけでもなく、
  ただ、毎日350mlを飲んでいただけの
  「まぁ、好きな方ですね。」
  なんですが、止めるとなるとここまで
  “汚い手”“姑息なマネ”をせねばならないのかと、
  軽い自己嫌悪に陥る。
  できると踏んでからヤル。
  できそうだから公表する。
  人間なんて弱いもんです。
  
  でもいいじゃないか、
  これで鈴鹿で少しでも良い走りができるなら。

01 giugno, 2010

初体験

シマノ鈴鹿のエントリーしました。

2種目出ます。

オープンⅡと2時間エンデューロ ソロです。

健闘というかとにかく出てみようといった感じだから、
結果を求めるというよりはレースとはどんなものか?
を体感したいです。

試験後だから練習出来ているわけないんで、
ケガの無い様に無事走ることが目標です。

今年の目標のひとつをこれで達成させます。

24 maggio, 2010

バカな大人達

金曜日、豚バラブロックを買って、
そそくさと家路に就く、19時半頃でした。
電車に乗り、窓の外を眺めていると、
急に減速、最寄り駅に停まってしまった。

車内アナウンスで、人身事故とのこと、
暫く動きません。
車内はそこそこ満員でした。
暫くするとエアコンが停止。
鞄からハンカチを取り出し汗を拭く人もいます。
近くのおばさんは
「暑いなぁ・・・。」
とこぼしていました。

しかし、誰もがすぐに動き出すだろうと思っていたと思います。
良くあることですからね。
しかし、10分経っても20分経っても一向に発車しません。
乗客は次第にイライラし始めてきました。
僕も「えらい電車に乗ってしもうたなぁ。」と後悔です。
とは言っても自分の力ではどうにもできませんので、
待つしかありません。
と、隣のレーンに快速電車が入ってきました。
しかし、我々の乗る電車は扉が開かずにそれには
乗られずにその快速電車は駅で待っていた乗客を乗せ
走って行ってしまいました。
当然乗客はイライラがつのります。

我々は仕方なく乗っている電車が発車するのを待っていました。
そうしていると前方から車掌室へサラリーマンと思しき男性が
駆け寄り扉をドンドン叩きます。
車掌が扉を開けると、
男性は「開けてくれや、隣に来る電車に乗るから!」
とおっしゃっています。
車掌は「すみません、今・・・(聞き取れず)ますから。」
と出入り口の扉を開けません。
そうしているとまた電車がやってきました。
となってくると、
「開けろや!」
「エエ加減にせぇよ!」
と堪えきれずに各々が不満を口にしだしました。
仕方なくというかJR側で決まったのか、
車掌が出入り口の扉を開けました。
堰を切ったように車内からプラットホームに乗客があふれ出ました。
その時、もう20時はとっくにまわっていました。
暫くして隣のレーンに快速電車がやってきたのですが満員、
ほとんどの人がそれに乗れずにやり過ごします。
続いてやってきた普通に仕方なく乗りました。
その電車は“快調”に各駅停車で目的地へ向かいます。

そして僕が降りる駅の直前にまた減速・・・停車・・・あぁ。
また待たされました。
今度は折り返し運転の調整とかなんとかです。
今度は駅ではなく駅と駅の間ですから
まさか降りて歩くわけにもいきません。
しかし、駅は目の前、週末金曜日、最悪です。

待ちに待たされ発車したのがもう9時過ぎていたと思います。
そして駅に到着、疲れた。
いつもなら20分程度の区間を1時間半かけてたどり着きました。
人身事故とかなんとかもう、どうしようもないんで、
淡々と家に帰ったんですが、

なんとも不愉快な思いをしたのが、
最初に停まった駅で待たされた客が、車外に出た時に、
「なんで開けへんのじゃ、こっちは客やぞ!」
と突っかかって行ったのを見たときです。

そんなん車掌に詰め寄ったってどうにもならんやろうと思うんですよ。
車掌もアホやないからできるもんならさっさと扉を開けてたと思うんですよ。
しかし、御役所体質のJRの内規か何かで、こういった際のマニュアルが
あって直ぐに開けてはいけないとかいう風になっていたと思うんです。

ひとりが言い出したもんだから他の迷惑を被った乗客もそれに便乗して
言いたい放題でした。
全部おっさんですわ、ホンマに情けない。
車掌は
「誠に申し訳ございません。」
を延々連呼していました。
ホンマにかわいそうでなりませんでしたので、
めんどくさいなぁと思ったけど、
ホンマにめんどくさいなぁと思ったけど
「車掌にどなったって仕方ないじゃないですか。」
とおっさんに言ったら
「あんたには関係ないやろ。」
とか言いやがったので、一瞬で切れて・・・
となりかけましたが
「車掌に言うても仕方ないでしょ。」
と穏和に対応して、なだめすかして・・・
その内駅員も来て落ち着きました。

しかし、車掌は見た感じ若くて、気が弱そうで、
ホンマに
「申し訳ございませんでした。」
と頭を120度くらいまで下げて謝っていたので、
ホンマに気の毒でした。

JRには言いたいことはたくさんあるけど、
この車掌が人身事故を起こしたわけではないんだし、
対応についても恐らくマニュアル通りにしているんですから、
この車掌に詰め寄る“エエ大人”共がなんとも
つまらん人間に見えて仕方ありませんでした。
あぁはなりたくない、
あぁはなりたくない。
と帰る間ずっと思っていました。

しかし、この電車(まぁ新快速ですわ)が兵庫駅に停まった
段階で直ぐに扉を開けてくれていれば、隣に来た快速に
乗ることができたのは間違いないので、
こういった場合にもっと柔軟に対応できるようにして欲しいとは
正直思いました。

JRは安全対策にナーバスになり過ぎているんですかね。
まぁ、それは自らが蒔いた種ですから仕方ないですけど、
他の乗客に対する配慮もしていただければ更に世界に誇れる
日本の鉄道となれるんじゃないでしょうか。

僕が晩ご飯を食べ始めたのは21時半頃です。
ホンマに疲れた。

21 maggio, 2010

赤松口蹄疫

ホンマにヤバイことになっている「赤松口蹄疫」です。
赤松は素晴らしい対応をしていますよ。
このまま大臣の椅子に噛り付いて、醜態さらして、
民主政権を崩壊させる原動力の一つになって欲しい!

あんだけ人を不愉快にさせる話し方ができる人間は
なかなかおらんよ。
てめーの失態を指摘されて、
「反省するところはなんらございません。」
とは・・・。

よろしな、自分の担当で危険な状況があることを知っていながら、
海外旅行にでかけてゴルフして(※)
まぁ、それが仕事であったとしても優先事項であったか・・・。

僕自身、完全に後追い組なんですけど、
政府の中枢が後追いでどないすんねんと思います。

3月の時点で確認できたはずという声もあるようですが、
経過を見ているとその獣医師をせめられないような症状であったようです。
となると、県の対応にもその時点で限界があったのかと思います。
しかし、

4月27日  東国原知事が赤松農林水産大臣を訪問、対応を要請

してるんだから、これは緊急事態だと思うのが常識ですよね。
訪問の際には当然現状についての報告があるんだし、

翌28日には自民党の谷垣総裁が現地視察し、対応を協議しています。
自民党の江藤拓議員は早い段階から県と対策行動しているとのことです。
まったく頭が下がります。というか国会議員として普通の行動だと思うのですが、
今の政権を見ていたらこういうことが異常に素晴らしく見える。

4月30日には自民党の浜田幸一議員が
「(口蹄疫の)対応策を練るために海外出張をやめたらどうか」
と申し入れ、
同日、「谷垣総裁を本部長とする口蹄疫対策会議を開催しました。
その場で昨日私がまとめた、42項目の政府に対する申し入れについては、
若干の修正の上、承認を得ました。」
これを政府に渡す予定であったそうなのですが、
「昨日の段階では鳩山総理も赤松農林水産大臣も申し入れを受ける
という事でしたが、今日になって二方ともキャンセルしてきました。」

そうです。
そして赤松口蹄疫は夕刻に南米へ外遊出発したそうです。
その日程詳細は農林水産省のHPを見ると、
4月30日(金曜日) 成田発
    メキシコシティ着
5月 1日(土曜日) メキシコ政府関係閣僚との会談
遺伝子組換検査センター視察
2日(日曜日) メキシコシティ発
ハバナ着
3日(月曜日) キューバ政府関係閣僚等との会談
4日(火曜日) キューバ政府関係閣僚等との会談
ハバナ発
ボゴタ着
5日(水曜日) コロンビア政府関係閣僚との会談
6日(木曜日) ボゴタ発
8日(土曜日) 成田着
です。
口蹄疫対策の先頭に立つよりも大事な仕事だったようです。
良い成果を修められましたでしょうか?

つづいて
5月4日 舟山農林水産大臣政務官がデンマークに出張
その内容は、農林水産省のHPを見ると、
5月4日(火曜日) 成田発
   コペンハーゲン着
  5日(水曜日) 政府要人との会談
農場視察
6日(木曜日) 乳業工場等視察
政府要人との会談
7日(金曜日) バイオマス関連施設等の視察
8日(土曜日) 水産加工施設等の視察
コペンハーゲン発
9日(日曜日) 成田着
です。
口蹄疫対策の先頭に立つよりも大事な仕事だったようです。
良い成果を修められましたでしょうか?

この間政府は何をしていたんですかね?
政治主導は発揮されたんでしょうか?
福島みずほ臨時代理は何をしとったのか?

5月10日 赤松農林水産大臣
口蹄疫の防疫対応等を把握するため、 宮崎県に出張

5月15日 宮崎の種牛を一元管理している
家畜改良事業団の肥育牛から口蹄疫感染例

5月17日 首相官邸で、鳩山由紀夫首相を本部長とする
   「口蹄疫対策本部」の初会合

ということで、ここに至るまで政府として確たる方針で、
口蹄疫に対応するという姿勢は全く無かったことになります。

高級ブランド牛の種牛も感染ということで、
日本の多くのブランド牛にも影響がでること確定です。

例えば松坂牛の半分は宮崎産です。
佐賀牛も宮崎からです。

10年前口蹄疫が発生したとき、
自民党は100億円の予算を迅速に確保した。
そのうち35億円の支出で収束、対策終了。
2000年3月25日に宮崎県で最初に確認されて6月9日には終息。
殺処分735頭で済んだ。

今回は既に11万頭を超える殺処分が決まっている。

マスコミは未だに民主党寄りの報道を止めない。
政治家のレベルを見ればそこの国民のレベルが分かるというが、
俺はこんな奴等と一緒にされたくはないといつも思う。
自民が良いとは言わないが、
民主党よりは数段マシである。

ルピ夫は国会会期延長しないと言っているし、
7月11日はみんなぱりっと投票行きましょうや。

*赤松口蹄疫のゴルフの件、
 TBSの情報源は民主党の山岡賢次と三井ワキ雄だそうです。
 そら身内やったらこうなったら手のひら返されても文句言えんわ。
 どっちが大事かなんかアホでも分かるからな。
 報道のTBSとはかつて良く言われていたらしいが、
 そんなところが裏取りもせんとというか、
 この程度の裏取り?でようニュースとして流すわな。
 赤松口蹄疫はゴルフをしていないと言っているが、
 現地情報によるとやっぱりメキシコでやっとったらしいですよ。
 某有名サイトで断言していました。
 僕はそんなこと知るはずもないんですがね。
 
 ただ、やっていようがいまいが現状は悲惨・・・

15 maggio, 2010

寿


今日は舞子ビラで後輩の結婚式でした。
新郎新婦共に高校の後輩で、
部活のOB会を通じてふたりは知り合い、
そしてこの度ゴールインです。

特に何をした訳ではないのですが、
OB会を設立して良かったと思えたひと時でした。

今から2次会です。
改めてお祝いせねば。

ふたりの未来に幸あれ!
僕達の未来にも・・・

14 maggio, 2010

三宅雪子衆議院議員


前日12日の衆院内閣委員会で国家公務員法改正案が採決された際、
自民党の甘利明元経済産業相が押しのけた民主党の初鹿明博衆院議員が雪子ちゃんにぶつかり転倒。
雪子ちゃんは右ひざや右くるぶし、顔などを床に強打した。
そうです。

そして翌日、車椅子で登院したそうです。
この一連の動き、見事なシミュレーションですなー

今からでも遅くはない、玉田、大久保に変えて
サッカー日本代表に招致した方がいいぞ!

ところが・・・



チョwwwwwwwwwwww
もう足組んでるしw
しかも痛いはずの方の足が下!
大根すぐるだろー!!!


今日の雪子ちゃんはどんなんかな♪
+   +
  ∧_∧  +
  (0゚・∀・) ワクワクテカテカ
  (0゚∪ ∪ +
  と__)__)   +


因みに、この雪子ちゃんが倒れた時に
国家公務員法改正案の採決がなされたわけですが、
この改正法案は・・・調べてください。
これまでよりもっと国はお金が必要なんじゃないかと思いますよ、僕は。
見ものですわ。

更についでに、甘利氏が押した初鹿という民主党議員は自民党の島村を破って
東京16区で当選。
鳩山由紀夫首相の元秘書で、北朝鮮にも行ったことがある人物、
そして、北朝鮮でマスゲームを鑑賞し・・・・おもろいやっちゃ。
島村を落として初鹿を当選させる東京都民*△※★●◇・・・ふぅ

12 maggio, 2010

これは素晴らしい


こんなものを買いました。
奥様の体の“こり”を軽減しようとのことで、
以前から気になっていた
オリジンズのジャックノバーⅡを購入

このように持って気になるとことを軽くさすってやると、
効いてとても気持ち良いです。
背中や肩にあてるとこっている部分が分かります。
持ち方は他にも色々あって、
このいびつな形が機能的であることが持つと良く分かります。

NASA開発であることは男心をくすぐる部分でもあります。

2000円程度で体の“こり”がほぐせて、
その不思議な形状は
ちょっとしたインテリアの一部にもなる?ということで、
もう既に得した気分です。

06 maggio, 2010

最近の様子


4月29日(木祝)永井大作氏がブログで案内されていた
栄町の蚤の市に行ってきました。

目当ては「森のおはぎ」さんです。
11時オープンのところ少し過ぎたくらいに覗いてみたら、
既に人だかりができており、
「森のおはぎ」さんにもお客さんが列をなしていました。
我々もそこに並び、程なく店主のmoriyuriさんにご対面、
永井氏のブログを見て来た旨話しましたら、大変喜んでいただけました。
そして、夫婦揃ってMOTHER HAND artisanのニットを着て行き、
moriyuriさんに見ていただきました。

5月1日(土)
幸い仕事もひとまず落ち着き僕も今日からGWです。
でも、この日の日中何をしたか思い出せないです。

5月2日(日)
朝からkawabe氏と淡路島1周(100kmコース)に行きました。
平均時速は20㎞を割るペースでした。
フェリーに乗る頃には夕方6時でした。
天気が良く絶好のポタリング日和でした。
kawabe氏は楽しく走れたでしょうか?
淡路島の本当の1周は峠を含む150kmのフルコースです。
また行きましょう。

*追記・・・kawabe氏は普通のフラットペダルでクロスバイク、
      僕はビンディングペダルでロードバイクと、
      装備に差があったので、kawabe氏は僕の倍以上
      疲れただろうし、完走したことは事実であり、
      大変立派だったことを付け加えておきます。

夜は久しぶりに先輩達とうだうだ喋りました。
家に帰り着いたら日を跨いでいました。

ウチの3男(僕の弟)が東京から帰ってきました。
正月会った時よりも太っていました。

5月3日(月)
人生には色々あるもので気分が乗らずほぼ一日中家にいました。
晩「60歳のラブレター」という映画をWOWOWで観ました。
自分が60歳になったらどんな感じなんだろう?
とひとりで考えました。
ひとりで飲んでいたので何時に寝たか覚えてません。

5月4日(火)
昼3男を新神戸に送り届けて事務所で少し仕事。
完全GWではありませんでした。

5月5日(水)
朝から映画三昧
BOB
ナバロンの嵐
アマルフィ 女神の報酬
劔岳 点の記
など。
あれこれ混ぜこぜで観ました。


GW後半は天気が良いのに完全インドアでした。
この週末は、また自転車です。
気分が乗れば淡路160kmに行きます。

24 aprile, 2010

ほら、みてみぃな

「タイで養子」、子ども手当554人分申請…尼崎

兵庫県尼崎市の韓国人男性がタイで養子縁組したとする
554人の子ども手当(年約8600万円)を市に申請
しようとしたが、市が受理しなかったことがわかった。
制度では、手当は養子にも支給されるが、市から問い合
わせを受けた厚生労働省は「子ども手当の趣旨に合わず
、支給されないケースにあたる」と判断した。同省は「
これだけ大量の申請を確認したのは初めて」としている。

 市によると、男性は22日、「タイ人の妻との間で、
タイの修道院や施設の子ども554人と養子縁組してお
り、子ども手当を申請したい」と窓口を訪れ、養子縁組
を証明するものとして、子ども一人ひとりの名前と生年
月日、出生地が記録されたタイ語の書類と日本語訳を示
した。「タイに定期的に渡航し、現地で子どもたちと寝
起きしている」と説明した。

 子ども手当は、海外に子どもを残してきた外国人も対
象としている。「年2回以上面会している」「4か月に
1度は生活費を送金している」ことなどが条件とされて
いるが、人数制限は設けていない。このため、国会で問
題点として指摘されていた。

 同省が作成した制度を説明する「一問一答」では、「
母国で50人の孤児と養子縁組を行った外国人は手当を
支給されない」と例示していた。同省は「554人の子
どもと生計を同じくしているとは判断できず、社会通念
上も認められない」としている。

(2010年4月24日 読売新聞)

↓元記事
http://osaka.yomiuri.co.jp/news/20100424-OYO1T00590.htm?from=main2


*****

やっぱりな。
この前もこういう節操の無い外国人おったしな。
こんなん僕がもし外国人やったらとりあえず適当に
100人養子がおる体で書類つくって申請するわ。
こいつらの気持ちは良く分かる。
法的には何等問題無いようにつくろうことができるからな、
適当に書類つくってさ。

ぼろもうけやもん。
アホバカ揃いの民主党政権やったらな。

ハゲの正体

舛添新党の結党記者会見を見ました。
順にメンバーが紹介され、
舛添がマイクを握る時、
スタッフが机上に日の丸を置きました。

すると、このハゲ、
「邪魔になるでしょ、これ。」
と言いやがったのである。
で、司会者が
「邪魔になりますか?」
と聞くと、はっきりと
「はい。」
と答えやがったのである。
司会者が
「大事な日本の国旗であります。」
とフォローを入れていたが、
しっかりと日の丸を袖に追いやったのである。

端から期待していないヤツであるが、
このハゲの正体が露になった瞬間であった。

こんなヤツが、
時期総理大臣を期待する人物ナンバーワンだとは、
はっきり言ってかなりショックである。

お前ごときよりも日の丸の方が千倍大事じゃボケ!

日本国を大事にせんヤツに日本国の政治など任せられるか。

↓舛添新党結党記者会見映像

http://www.ustream.tv/recorded/6374816

23 aprile, 2010

じゃんけん

ある男性が、暇つぶしに鏡とじゃんけんをしていたら
鏡の中の自分に勝ってしまったことがあるという。
鏡の中の男は、くやしそうな顔をした。




定番の都市伝説(?)らしいです。

想像して怖くなってしまった。

21 aprile, 2010

それでも我々は

日曜日の「たかじんのそこまで言って委員会」

月曜日の「ビートたけしのTVタックル」見ました。

“委員会”には森元首相がパネラーとして登場。

森元首相は小渕元首相の緊急入院を受け、
急きょ首相に就任した。
当時から世論調査の支持率は低く、
それを本人も良く知っていたようです。

それでも手前味噌と自嘲気味ながらも、
インドとの関係、アフリカとの関係など
後世の日本の為に手を尽くしたとのことです。

マスコミどもがバカやから、
森元首相に同行してアフリカなどに行っても、
失言を拾うことに必死になって、
森元首相が日本のために、
またはアフリカの為に何をしたのかなどには、
見向きもしなかったそうです。

確かに、当時僕はこのニュースをインターネットの
とある方のブログで知りましたが、
テレビでこのニュースを目にすることはありませんでした。
新聞はもうこの10年くらいはまともに読んだことが無いので、
知りません。
新聞には書いてあったかもしれませんね。

僕は当時、森首相の就任過程などが不透明だったと思っており、
余り森首相に良い印象を持っておりませんでしたが、
政治日程の空白を避けるためなどやむをえない事情があった
などの理由もあり(危機管理体制の構築は必要)、必然だった
と思うしかないだろうと今では思っています。

しかし、もっとスマートなやり方なかったんかなぁ、と思います。
アホでバカなマスコミを上手く使う方法な。

“タックル”には麻生前首相がゲストで登場。

仕事から帰ってきたらやってたんで途中からでしたが、
朝日のくせに概ね好意的に取り上げています。
ビートたけし氏が麻生氏を気に入っているんでしょうかね?

こちらでも麻生氏が国のために色々と尽力した話が尽きません。
解散の時期が遅れに遅れたのは、
やはりリーマンショック後の日本経済を立て直すためだったこと。
これにより、日本は世界のどの国よりも先に金融危機から脱出し、
その傷も他の国よりは浅かったそうな。

「国際メディア芸術総合センター」の話なんかも、
実現していたら面白かったやろうなぁとか思います。

麻生政権は1年足らずでした。
個人的には靖国神社に対する考え方について
例えばA級戦犯は分祀すれば良いなどは
完全な的外れな見解だと思います。
北方領土2等分案は完全反対です。
しかし実績は残しています。
定額給付金は即効性のある措置だったと思いますし、
消費活動にも影響を与えているようです。
細かな技術論では異論も多かったようですが、
当初の批判的な論調に反して、結果評価されているようです。

森・麻生両元首相はテレビや新聞だけでは分からない
多くの“種”を他にも撒いています。
失言、漢字の読み間違い、バー通いなどばかりに目が行く
バカどもには分からんでしょう。

大平正芳元首相は自身の
靖国神社参拝に関して野党から国会で質問されると
「大東亜戦争に関する審判は、歴史が下すであろうと考えています」
と答弁したそうです。

森元首相も自身の政治実績について、
「歴史が判断する。」
と述べられています。

当然現政権の実績についても、
歴史が判断することになりますが、
現時点でそれを期待するのは、
あまりにも酷な状況です。

16 aprile, 2010

・・・みんなに読んで欲しい

固有・・・

こ‐ゆう〔‐イウ〕【固有】

[名・形動](スル)
1 本来持っていること。
2 そのものだけにあること。また、そのさま。特有。
 「民族―の文化」「北国に―な(の)風土」

上記は、とあるweb上で見つけた辞書にある説明です。

多くの日本人が共有できる内容だと思います。ですよね?

で、ここから先は、またまた皆さん面倒だと思いますが、

日本国憲法第15条
公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である

国民の権利と言わずに国民“固有の”権利とあるところが
ミソだと思うのですが、前回長々と綴ったエントリーにあるように、
憲法上の国民の定義は国籍法により“日本国籍を有する者”
であることに疑いはありません。

そこまで限定されているのにもかかわらず“固有”と
限定しているのでありますから、
誰がどう逆立ちしても日本国憲法第15条がある限り、
日本国民以外の者に日本国内において公的選挙権は与えようがありません。

日本国憲法第30条
国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負ふ

について、

「東京地裁昭和42年4月11日判決」に、
・・・同条が「国民の納税義務を宣言的な意味で定めたものにすぎず・・・
とあるのですが、良く分かりますよ。
極めて常識的な判断だと思うのですが、

国民の3大義務、教えられましたよね。

・勤労の義務
・納税の義務
・(保護する子女に)教育を受けさせる義務

正に宣言的に我々も自然と学校の授業で教えられてきたものです。
これらを受け入れるのに納税は日本国民だけしかしてはならない
(国家は日本国籍を有する者だけにしか課税してはならない)
と捕らえるのは余程の天邪鬼というか、屈折しているというか、
穿った見方をしすぎていて、解釈の域を超えていると思います。

実態社会を見れば分かると思いますが、

日本国憲法第30条
国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負ふ

を理由に
「我々に様々な税金を課す日本国は間違っている!」
という外国人などみたことありませんし
(そないようけ外国の人と知り合いなわけではありませんが)、
そのようなことを取り上げるメディアも30そこそこの人生ですが、
みたことありません。
定住する外国において納税することは疑問に感じることではなく、
至って普通のこと、もっと言えば当然のことだというのが、
世界の常識だということです。

それでですね、僕もいわゆる「傍論」について考えますが、

ここでいう傍論は
外国人地方参政権付与を求める訴訟
「選挙人名簿不登録処分に対する異議の申出」における
平成7年2月28日最高裁判所第三小法廷
判決の主文において訴えを棄却しておきながら、
判決理由において
「・・・選挙権を付与する措置を講ずることは、
 憲法上禁止されているものではないと解することが相当である。」

ただ、そのような措置を講じないからといって
違憲の問題を生じるものではありませんよ。

↑ですよね。

で、そろそろ完コピできましたか?

日本国憲法第15条
公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である

です。
これをどのように読めば、
外国人に日本国において選挙権を付与できる余地がありますか?

国民が日本国籍を有する者のみであることはもうご存知ですよね?
固有と言う日本語がどういう意味なのかは冒頭に書いてあります。

さあ、第15条を条理解釈して定住外国人にも地方選挙権を付与しよう!

・・・ってなる?

憲法において第15条を設けわざわざ“国民固有”の権利としてある目的は、
固有なのであるから、日本国民以外の者にこの権利を
与えないことが目的であると考えます。

そう考えますよ、普通の考え方なら。

ついでなんで、この判決を出した判事のひとりである園部逸夫氏
の産経(まぁ産経なんですけど)のインタビューに応えたその内容を
ほぼ全て読みました。

こいつ、ふざけたヤツです。

氏は植民地時代の韓国に生まれ、小学校2年生の時に台湾にいたそうです。
インタビューの冒頭を読めばその複雑な心境も表れています。
そしてインタビューを読めば読むほどこの傍論が“韓国”や“在日韓国人”
を意識したものであることが分かります。
で、肝心の傍論部分については、極めて限定的な選挙権の付与を想定して
全員で決めたとあります。
国民主権だけでなく、憲法8章の地方自治の規定も判決理由を書くに当たって
検討しているようです。

この傍論で付与されると想定されていた外国人とは、
このインタビューでははっきりとは述べられていなかったのですが、
インタビュー内の下記のくだりから読み取るに特別永住者

↓これ

__________________
Q(質問) 非常に限られた外国人に参政権を付与することができる、という主張か

園部氏 そう、それをはっきり朝鮮の人とかなんとか言わなかったのは、
最高裁の判決はそんなこと言うわけにいかないから、非常に限られた、
非常に歴史的、非常に人間の怨念のこもった部分、そこにもう少し光を当てなさいよと、
こう言ってる。ただ、それは、立法政策の問題ですから。
__________________

だとするのが自然です。

しかも、園部氏はインタビュー中で判決の中心はあくまでも
国民主権の部分でありと言い、

「・・・その時の政治的配慮があったと見ていただいて結構です。
 杓子定規に国民じゃなきゃダメと一言、言えば済むことです。
 だけど、なんなんだ日本の最高裁はと言われても困るから。
 ちょっとばかり、突破口があっても、仕方がないと。」
などとふざけたことを言い、

更に、なんとなんと、園部逸夫氏はこのいわゆる傍論
(インタビュー中では(2)の部分といっている)


つけなくても良かったかもしれません。

などと言っているのです。
ふざけるな!
そんな適当な気持ちで最高裁判事やってんなよ!

こっちは日本国のためを思って、
このエントリー、タダ(無料:ノーギャラよ)で3時間かけて書いとるんじゃ!

うー、マジで疲れた。
要はですね、

基本日本国民のみに与えられるものだけどぉ、
超限られた人たちに与えられても良いかなぁみたいな(はぁと)

というのがこのおっさん(達)の考え方です。
更に更に言うと、この判決も金科玉条ではなく、
最高裁において見直すことができると言っています。
そんなもん当たり前じゃ、ボケ!

というわけで、ホンマに一生懸命に書いたんで、
是非とも読んでいただきたいです。
この園部とかいうおっさん等は国の将来のことなんか
何も考えずにこのいわゆる傍論を付けたことが分かります。
それも国から身分保障を受けて、高額の給与をいただきながら・・・
何度も言いますが、僕は日本国の将来のことを思って、
思ってですねぇ、無償でこのエントリーを書いておるわけですよ!

皆さん、分かってください!!!

前半と後半の違いに自分でも驚いておるわけですが・・・

で、どう思っているのかよろしければ簡単で良いんで
コメントもいただければ嬉しいです。
ぐだぐだになりましたが、

渾身のエントリーです。

「ようこんな長い駄文書いたな。」

でも嬉しいです。

なんせ、ドMですから・・・

仕事が好きですか?

ガタガタ言わずに働け!
余計なことは考えるな!
今できることをやれ!
泣き言なんざ聞きたくないわ!

ということで12連勤です。
明日も働きます。

昨日は風邪気味でしたが、
働いたら治りました。

自転車好きは“ドM”であるとは、
栗村修氏の言葉?ですが、
どうやら私もそれらしい・・・。

とにかく自分で選んだ仕事なので、
くだらん文句を言う前に頭と手を動かしています。
仕事が大変なのは(多分)みんな同じです。
あなたの、あなたの仕事も大変なんです。
仕事に対しての姿勢次第です。

誰かに強制的にやらされているわけではありません!
自分で選んだ道なんですよ。

ガンガン働きますよ。

09 aprile, 2010

Primavera



これいただきました。
では、グラタンをと思って
どんなグラタンがあるか調べたり、
作り方を調べたり、
材料を吟味したりしているんですが、
仕事が忙しく休日もしっかり休めません。

そんなこんなで桜も満開を過ぎ散り始めています。
気温は暖かくなり外食屋さんでもグラタンを出さなくなりました。

この週末はなんとか時間をつくってグラタン食べよう。
レシピを見ればそんなに難しくないようだし。
要はやる気ですね。

グラタン皿から人生を考えました。

仕事も遊びも日常も、
皆さん、要はやる気なんですよ、やる気。

05 aprile, 2010

MOTHER HAND artisan


ベルギーからニットが届きました。
新婚旅行で伺った際に注文しました。
手前が奥さんので奥の赤が僕のです。

どちらも美しく肌触りもよく着心地も良く、
おっしゃるとおりアームホールはやはり小さく(細く)
着た時のシルエットが美しいです。
このことによって動きが制限されることもありません。
日常でガンガン着ていきたいです。

上の写真はコットンでお願いしたものですが、
サンクエッセンシャルさんで秋冬のウールもオーダーしたので、
そちらも楽しみ。

興味のある方は→MOTHER HAND artisan


日本での窓口は→Cinqessentiel【サンクエッセンシャル】

着用写真はそのうち気が向いたら掲載してみます。
ただモデルが良くないもんでね。
実現するかは・・・

31 marzo, 2010

長いですが読んでください

僕の友人が氏のブログ上で、
永住外国人への地方参政権(選挙権)付与について書かれています。
その中で非常に興味深い考察をなさっていたので、
僕もざっとですが、調べてみました。

氏は、まだ結論を述べられておりませんので、
それを待つべきか?と思いましたが、
お手紙じゃないんだからと、
氏のエントリーに触発されて
僕が氏のお考えとは別に僕の持っている理由・結論を
当ブログにおいて述べるものです。

異論・反論大歓迎、出来うる限り対応します。
当エントリーが間違っていれば削除せずに、
間違っていたと朱書きでもするつもりで書きたいと思います。
これをもって真実が分かるなら本望であります。

では、始めます。

友人氏がブログ内において「文理解釈・条理解釈」
について触れておられる部分について、
僕も法学部出で、現在も法律に深く関わる仕事をしていますので、
その見地からも一言述べることが出来ると思います。

永住外国人への地方参政権付与について
反対派が日本国憲法第15条を根拠とすることについて疑義がある
ということに関してです。
日本国憲法第15条と第30条につき、
「国民」の解釈が問題になるとのことです。

日本国憲法第15条
公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である

日本国憲法第30条
国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負ふ

とありますが、
第15条で「国民」を日本国籍を有する者のみとするのならば、
第30条で「国民」を日本国籍を有する者とするのならば、
外国籍を有する者に対し納税をさせている日本国政府及び
各地方自治体は、憲法違反で告発されるのか?ということです。

両条文は現状からすると全く矛盾しているというのが
現時点での氏の見解のようですが、

以下は、高知大学教養学部 藤本富一氏の研究からです。

「租税法は、その効力の及ぶ地域内にあるすべての人に対して、
 国籍の別、自然人・法人の別なしに適用される」
(出典:金子宏「租税法(第13版)」2008年100頁

「憲法第30条が「国民」と表現していることについて判例は、
 同条が「国民の納税義務を宣言的な意味で定めたものにすぎず、
 納税義務者の範囲を国民または法人に限定する趣旨を有するものではない。
 納税の義務は、国民のみならず外国人や法人はもちろん人格なき社団であっても、
 憲法84条に基づき法律をもってすれば負わせることができるのである」
 (東京地裁昭和42年4月11日判決)

東京地裁の判例に至っては、実務判例からです。

(この判例自体を探し出すことができませんでしたことは明らかにしておきます。
 よって僕はこの判例の全てを読んだものではありません。)

この東京地裁の判例によれば、
国民、法人、外国人、法人格の無い社団などの文言が出てきますが、
これをみれば明らかに「国民」は日本国籍を有する者で、
「外国人」は日本国内における外国籍を有する者と読むことが自然だと思われます。

 更に氏は外国人に原則納税義務が課せられていることについて、

・国際的慣習
・技術的な問題

 があるとしています。
国際的慣習についてはそれ以上述べる必要は無いと思います。
技術的な問題については、
「すなわち、とりわけ間接税においては、
 外国人と自国民との納税義務を区分するのは不可能に近いと思われるのである。」
と述べられています。
消費税などについていちいち小売店で外国人だから免除してくれとなると、
大変ですからね。

ですから、第15条の「国民」は日本国籍を有する者で、第30条の「国民」も
日本国籍を有するものであり、このふたつの条文は矛盾しないものと考えられます。
よって、

日本国憲法第15条
公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である

を外国人の地方選挙権付与に反対する理由とすることは当然であると考えられます。

僕の個人的な考えでは、

日本国憲法第30条
国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負ふ

とあるから、文理解釈すると外国人に納税を負わせる日本国政府に問題があるのでは?
ととらえることは文理解釈としては拡大解釈過ぎるというか、解釈になっていないと思います。
なぜなら、日本国は国民に納税の義務を負わせているとあるだけであって、
外国人については条文中になんら言及していないからです。
そもそも、日本国憲法は、国民の権利・自由を守るために国家権力の行為を制限する
ための法規であって、外国人に対しての権利義務に関して細々と決めるものではないからです。
当然にして外国人に対して記載が無いからといって国家が外国人に対して何をしても良いわけではなく、
また、外国人が日本国において何をしても良いわけではありません。
個別の法律で定めれば良いことです。

更に

日本国憲法第10条
日本国民たる要件は、法律でこれを定める

とあり、これを受け“日本国民たる要件を定めるために”「国籍法」が
昭和25年5月4日公布、同年7月1日施行されているわけですが、
同法において特別永住資格者も永住資格者も当然「国民」ではありません。
よって憲法上も日本国民とは日本国籍を有する者となります。

ですから、日本国憲法第15条をその根拠とすることは全く正当だと思います。
こられを見る限り外国人が地方選挙権を付与される法的正当性など微塵もありません。
与えて良いかどうかを考えることは日本国民の自由なんだろうと思いますが。

しかし、僕が外国人の地方選挙権付与に反対する理由はこれだけではありません。
やはり、

支那、朝鮮両国からやってくる連中の素行の異常な悪さに尽きます。

これ以外なんら理由はありません。
良い支那人、良い朝鮮人もいるんだろうとは思いますが、
過去の経緯を見る限り彼らに日本に於いて選挙権を与える理由は全くありません。

異様に欲しがるその態度に怪しさ以外の何も感じることはありません。

ですから、法的にも、心情的にも反対なのです。

最後に
法律の基礎知識として、条文の解釈は、
法規的解釈、有権解釈、学理解釈に大別されます。
いちいち解説すると別エントリーが必要になるので割愛しますが、
文理解釈・条理解釈は更にそれらから枝分かれした解釈方法であり、
いくつかある条文解釈の方法のひとつです。
法規的解釈、有権解釈、学理解釈の何れも当然の事ながら
法文の真の意味を明らかにするための技術であり、
法文を自分の都合の良い様に解釈するためのものではありません。
以上を踏まえた上で、
日本国憲法第15条、第30条を読んだとしても、
なんら矛盾しないものとあらためて僕は考えます。

26 marzo, 2010

渇望しています

僕は議論することが好きです。
思想的にはいわゆる保守なんだろうと思います。
だからいわゆる革新的思想を持っている方
(ご本人はそう思っていないかもしれません)
とは政治的な話などでは意見は全く合いません。
更にいわゆるノンポリの方とは、
話ができません。

で、僕の考えが間違っているのならば、
やはり考え方を改めなければなりません。
だから、僕と考え方が違う人の意見も知るために、
そういった方々のブログなどを見ることもあります。
わざわざお金を払って本を買おうとは思いませんが。
僕は僕の意見に反対する人の意見を渇望しているんですよ。
もっと賢くなりたい。

誰か僕を納得させてくれよ。
180度違う意見に納得してみたいんです。

で、今本当に成立するかもしれない法案について、
興味深く他者の意見を見漁っています。

永住外国人の地方参政権付与に関する法案です。

付与反対の意見は沢山ある。
自分も付与反対だからわかる。
しかし、賛成の積極的な意見が無いように思う。
あるのかもしれないが、説得力が無い。

根本は、日本国籍を持つ者は
本当に日本と運命を共にしなければならない。
外国籍を持つ(永住)外国人は日本に何かあったとしても、
帰る本国がある。

地方自治と言っても国防など国政と密接に関わりを持っている。
よって、日本国においての参政権は
日本国籍を持つ者のみに付与されている。

「外国籍でも日本を愛している。」
それは結構なことです。
だから参政権をくれと言われてもそれとこれとは話が別。
「外国人もより良い暮らしをおくれるようにして欲しい。」
納税していれば他の日本人と同様の行政サービスを受けられる。
きれいに舗装された道路も通行できるし、
きちんと保険料を支払えば、健康保険適用の医療も受けられ、
国民年金の給付も受けることができる。

参政権は納税とは全く関係ありません。
何度もここには書きますが、所得税を払っていない者にも、
1票の投票権はあります。
とりもなおさずこれは、この者が日本国籍を有するものだからです。

永住者や特別永住者なら与えても良いのではないかという意見に対しては、

これを特別永住できる権利だという言い方をされる方もいますが、
あくまでも資格です。許可制です。
断じて権利ではありません。
きつい言い方をすれば日本国が住まわせてあげているという言い方ができます。
日本人によって運営されているこの国に住まわせてあげているのです。

永住者、とりわけ特別永住者については、
戦時の強制連行などで主に朝鮮から日本に無理矢理に連れて来られた人やその子孫が
いるんだという人もいますが、
先日の外務省の発表では、
「戦時中の徴用令によって日本に渡航し、昭和34年の時点で
日本に残っていた朝鮮人は、当時登録されていた在日朝鮮人約61万人のうち
わずか245人だった」
とありますので、日本の永住者に関する制度に問題があるとは思いますが、
無理矢理つれてこられた人やその子孫であれば日本国籍ではなくとも
地方参政権を与えるべきではという意見はその根拠が弱まったと言えます。
むしろ朝鮮人に関していえば、不法入国してどさくさに紛れて
永住者登録をした者が多くいます。

代表的な人物で言えば「マルハン」の韓昌祐氏、彼は
「1945年10月21日、 日本でレンガ工をしていた実兄の招きを受けて
密航船に乗り込み、同年10月22日に日本へ密入国[1]。
来日後、すぐに日本の戦後の混乱に紛れて、
(本来は取得資格を有していなかった)特別永住者資格を取得。」

したことを自身の口で語っています。

若干話が脱線しましたが、外国人に地方参政権を与える(べき)理由が、
見当たりません。

与えても良いではないかではなくて、与えるべき理由がなければ
与えなくても良いではないかとなります。

日本には政府が取り組まなければならない事が山ほどあります。
鳩山内閣、民主党には本当に頑張ってもらわなくてはならないのです。
であるのに、それらよりもまず永住外国人の地方参政権付与に
まい進する今の政権与党には困惑します。

もし、永住外国人に地方参政権を付与すべきというなら、
そのための積極的な理由が必要だと思います。

重ねて意見表明しますが、
僕は永住外国人の地方参政権付与には絶対反対です。
日本丸の舵取りはこの国と運命を共にする日本人に任せてもらいたい。
それが例えアホ・バカの集団であっても、
それでこの船が沈没するならばそれはそれで納得せざるを得ません。
他に母艦を有し、なおかつ日本丸に乗りたいのであれば、
操縦室には入らないでもらいたい。
それが嫌なら止めはしません。
どうぞ母艦に戻るなり、他の融通を利かせてくれる船にご乗船ください。
我々はそれを譲ってまであなた方に同船に乗船くださいとは申しておりません。

22 marzo, 2010

名言

昨日は淡路島約100㎞行ってきました。
もちろん自転車で。
TREKさんのイベントで100kmだったんですが、
強風のため中止。

僕と常連の健脚の50代「K」氏とふたりで、
せっかく淡路まで渡ったんだからと行ってきました。

写真は一切有りません。

岩屋から洲本までは残り距離や強風のためスローペース、
広田交差点を西岸に向けての道は終始向かい風で速度が上がらず、
ホンマにつまらん区間となりました。

11時過ぎ慶野で早目の昼食、アナゴ丼を食べましたが、
普通以下の味でした。
ご飯だけ異様に多く、後の走行に不安を残すこととなりました。

慶野から岩屋までは、無風若しくは若干の追い風で、
平地では平均時速28~35㎞で快適に走ることができました。

久しぶりに長距離を乗ったんですが、とにかくケツが痛くて、
後半はサドルに当たるだけでも辛かった。
長い間乗っていなかった証拠ですね。

けれども良い運動ができて楽しかったです。

20日にも45km乗ったので、二日で190㎞くらい乗りました。
リハビリライドにしては荒療治でした。

しかも今日は急きょ出勤、

「耳たぶ以外全部痛い」

みたいな感じです。

18 marzo, 2010

写真のブログ


↑ここに並んでる靴全部欲しいっす。

いただきもの。
中身はなんすかね?

魚のオイル漬け?
あっさりしていて美味しいです。
酒の肴に合いますよ。
ビールも進みます。

17 marzo, 2010

外国人参政権絶対反対!



↑は外国人に参政権を付与したらこうなるかもしれないよ。
というチラシです。

配布自由ということです。
是非読んでみてください。

日本で外国人に参政権を付与したら、
間違いなく支那人、朝鮮人に我が国を乗っ取られます。
日本人は早晩消えてなくなります。

ですので、私は外国人参政権には絶対に反対です。

13 marzo, 2010

恐怖の子ども手当

子ども手当は日本に住まない外国人の子供
(ただし親は日本在住)までも支給対象です。
ということで、
本国に子供を置いている出稼ぎ外国人労働者や
本国に子供を置いている留学生
にも支給されるわけですね。
更にそれが養子でもOKということで、
こんな方がいらっしゃいました。

+***

中国人のフリをして、地元の市役所に電話しました。

「母国の村の子供たち300人養子にしたのだが、児童手当ての手続きはどうするの?
そしたら子供手当ても貰えるんでしょ!」
と。
「ちなみに計算機ないから、ちょっと計算してください!」
と。
「いくらになるの?15年間で14億!」
そして、
「やったー大金持ちだー!
仲間の中国人も、みんな養子もらってくるって言ってるよー!」

この時点で担当者、声が震えてました。
(担当者いじめが目的ではないので、嘘である事を話し、謝罪しました)

ここからは、担当者の話。

「子供手当ての問題点は、自治体は認識している。
上級官庁にも伝えている。
担当者レベルでは、大問題だと思っている。
今日は、いつか来ると思っていた電話が来て、心臓が止まるほどびっくりした。
このことは、しっかりと対応して報告します。」

こんな感じでした。
自治体から危機感を煽りましょう。
まだ間に合います。


***
以上です。

役所の対応としては、
・書類に不備がなければ受理せざるを得ない。
・本国まで行って書類の内容が間違いないことを確認することは無理
ということで、
その書類を“信じて”子ども手当を支給するしかないそうです。

そんなん、現実にありえるの?
と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、
厚生労働省雇用均等・児童家庭局育児環境課児童手当管理室に
子ども手当について聞いてみた方がいらっしゃるとのことで、
以下ご覧ください。

【問】
母国に100人の養子を持つ人物に支給する子ども手当の年額はいくらか?

【回答】
平成22年度は1560万円
平成23年度以降は3120万円

更に更に、皆さんまだまだあるんですよ。
聞いてくださいよ~

【問】
1000人の孤児と養子縁組をしている
孤児院経営者が日本に住所を持った場合、
彼等全員に子ども手当てが支給されるのか?

【回答】
法的には
年間1億5600万円
平成23年度以降は3億1200万円
支給されるそうです。

まぁ、条件が揃えば疑うことなくそれだけ支給するということですよ。
子ども手当で一生遊んで暮らせるだけの金を騙し取ることができそうですな。
はははー、わろとけわろとけ・・・

ってアホか・・・、完全に国民をバカにしとる。

日本での養子縁組においては、
養子が未成年で直系卑属(子、孫)でない場合、
家庭裁判所の縁組許可書が必要となります。
更に、特別養子縁組になると、
養親は25歳以上で配偶者がいることや、
収入に一定の条件があるなど、
子供を守るための条件がありますが、
人治国家の支那など偽造書類を作成することなど
朝飯前、支那から大量の人民が日本へやってきて、
税金を納めている体をそれこそ偽造して、
子ども手当てを不正受給するケースが出てきそうだし、
今尚増える支那人がこれをしないなどとは言えません。
というか、奴等は必ずやる。


いよいよ、民主党による日本崩壊が現実味を増して参りました。

外国人に働かずしてぼろもうけさせるために
日々汗水垂らして働く日本人の皆さん、

お疲れした~(泣

12 marzo, 2010

小者首相

下の記事は毎日jpからですが、
鳩山由紀夫が税金をどれほど甘くみているかが分かります。

【鳩山首相:公邸入居費用に点検・清掃費281万円含まれず】
 鳩山由紀夫首相の公邸への入居に伴う費用として政府が公表した
474万円に、点検・清掃費281万円が含まれていなかったこと
が11日、分かった。入居費は総計755万円になる。一方、過去
3代の首相の入居費として政府が公表した額(222万~382万
円)には点検・清掃費が含まれ、鳩山首相の使った額が突出して見
えないよう恣意(しい)的に公表したとの批判を浴びそうだ。

 政府は2月23日、鳩山首相の入居に伴う内装補修や和室改修な
どに413万円、洗濯機の撤去・購入に61万円を支出したとの答
弁書を決定したが、首相官邸が11日に公表した資料では、これと
は別に点検・清掃費281万円が含まれていた。また、過去3代の
首相の入居費の内訳も公表され、安倍晋三元首相は改修費124万
円、清掃費98万円▽福田康夫元首相が改修費15万円、清掃費2
22万円▽麻生太郎前首相が改修費174万円、清掃費208万円
だった。

 平野博文官房長官は11日の記者会見で「(鳩山首相に関する質
問主意書は)『工事代』という概念で、クリーニング清掃は含まな
い」とし、「極めて正確に答えた」と強調。「誤解を生んでいるか
もしれないが、決して隠したわけではない」と釈明した。
【田中成之】

【毎日新聞 2010年3月11日 20時06分

***

過去歴代3首相の入居費用
(当然クリーニング費用も含む総計)

鳩山首相 :755万円
麻生前首相:382万円
福田元首相:237万円
安倍元首相:222万円

です。
まぁ、この際入居費用くらい1千万円かかろうが、
2千万円かかろうがいいですよ。
日本の為に働いてくれるならね。
しかし、鳩山は日本国民の方など全く向いておらず、
その汚い目は支那・朝鮮の方のみ(後、小沢と)を見ている。
こんなヤツの為に税金から755万円も使われるのが
不愉快で仕方ない。

しかも、その費用が歴代の首相よりも突出していることが、
分かるもんだからワザと「点検・清掃費281万円」を
隠して入居費用として公表しやがった。
小さい男である。
かかったならかかったで、公表すればいいのです。
その代わり、私は日本国の為に骨身を削って働くと
頑張ればいいのです。
鳩山はそれができないもんだからこんな姑息なセコい
手法を取るしかないのです。

こんなヤツに我が国を任せられるものか、
鳩山由紀夫的に言うなら、

こんな小者を首相にいただく我々日本国民は
全宇宙的恥晒しである。

即刻首相の座を降りていただき、
ついでに国会議員も辞めるべきです。

国政はバカには用は無いんです。

死ぬまで豪遊しても尚有り余る金は持っているんだから、
好きなことをして余生を暮らせ。
ただ、行政・司法・立法等には一切手を出すな。

10 marzo, 2010

『The Cove』

 「アカデミー賞も地に落ちた。」
正にこういうことです。
以下、長いですが引用します。

-引用開始-
【3月9日 AFP】
 和歌山県太地町のイルカ漁を撮った米映画
『The Cove(入り江)』が第82回アカデミー賞
(Academy Awards)の長編ドキュメンタリー賞を
受賞したことに、地元は反発している。

 太地町は毎年2000匹あまりのイルカを人里離れた
入り江に追込み、水族館や海洋公園に売却するイルカを
選別し、残りのイルカを殺して食用にしており、
かねてから動物保護活動家の批判にさらされてきた。

 映画『ザ・コーヴ』は、米誌「ナショナルジオグラフィック
(Louie Psihoyos)氏が監督した。『ザ・コーヴ』の撮影チームは
地元当局や漁民の目をかわすため、海中や入り江周辺の山林に隠し
カメラを設置して、頻繁に隠し撮りや夜間撮影を行い、
数年間かけて映画を撮影した。

 太地町の漁民は海外メディアの取材に応じることはないが、
イルカ漁を何世紀にもわたる伝統漁だと主張する地元住民から
多くの支持を得ている。

 太地町の三軒一高町長と漁民は『ザ・コーヴ』のアカデミー賞
受賞をうけて8日、「映画は科学的根拠に基づかない虚偽の事項を
事実であるかのように表現しており、遺憾に思う」との声明を発表。
さらに「太地町における鯨類追込網漁業は、漁業法に基づく和歌山県の
許可により、適法・適正に行っているものであり、何ら違法な行為ではない」
と主張した。

 地元ガソリンスタンドで働く47歳の男性は「仕事でやっているのに
気の毒」と漁師らへの理解を示し、「映画は娯楽作品として作られており、
太地町の暮らしを真摯に描いていない」との不満を語った。

 太地町公民館の宇佐川彰男館長も「これで、アカデミー賞の名声も地に
落ちた」と『ザ・コーヴ』の受賞に憤る。宇佐川館長は、漁民を「マフィア
のように」描いたと述べ、映画が怒る漁民たちを撮っていることについて
「仕事を邪魔されて怒るのは当たり前のことだ」と語った。

『ザ・コーヴ』では、1960年代の米人気テレビ番組『わんぱくフリッパー
(Flipper)』に登場するイルカの調教師を務めたリチャード・オバリー
(Ric O'Barry)氏と太地町住民らとの対立も描かれている。

『ザ・コーヴ』関連本の共著者で映画撮影にも関わった活動家のハンス・
ピーター・ロス(Hans Peter Roth)氏は8日、再び太地町を訪れた。
「漁民、町の経済、そしてもちろんイルカたち-皆が満足できる状況を
見出そうと戻ってきた。イルカ漁よりもイルカウォッチングツアーの方が
観光産業が促進されるだろう」。ロス氏は住民との対話を試みたが、
実現しなかったという。

 イルカ漁は長年の伝統だとの太地町側の主張について、ロス氏は
「伝統文化のなかには正しくないものもある。文化についていえば、
スイスの伝統文化ではかつて、女性に参政権はなかった。しかし、
それは明らかによい伝統ではない」と否定的な見方を示し、「欧米人も
動物にひどい扱いをしている」と付け加えた。スイスで活動するロス氏
は以前、牛や豚が食肉用に殺される様子を描いた映画を撮っている。

 一方、シホヨス監督はアカデミー賞の受賞スピーチで、『ザ・コーヴ』
は「日本たたきの映画ではない」と強調した上で、「日本人にも、
この映画を見てほしい。そして動物を食用や娯楽に利用することが良いこと
なのか、自分自身で判断してほしい」と語った。(c)
-引用終了-

長いので、ざっくり言うと、シー・シェパードがアカデミー賞受賞の
映画に関与していたということ、
この映画は日本の食文化を正しくとらえていないということ、
アメリカ人やオーストラリア人は事の本質が分からないバカな連中であること、
日本は伝統ある食文化をこれからも受け継いでいかなければならないこと、
この映画が長編ドキュメンタリー賞を取るんだから、
アメリカ人の考えるドキュメンタリーなんぞ、
ドキュメンタリーでは無いということ・・・・

ざっくり言えませんでした。

牛も豚も鶏もついでにカンガルーも殺すオーストラリア人に
どうこう言われたないわな。

ということで、日本はオージービーフ不買です。
アメリカ産牛は実行中でしょう。
これで国産需要が高まれば日本経済に僅かでも影響があるかもしれません。

しかしNational Geographicはめっちゃ好きやのに、残念。

09 marzo, 2010

危険な集団【民主党】

民主党には一見正論を吐いているように見せかけておいて、
実はとんでもないことを言っている輩が多数存在する。

そいつらは見た目全く毒が無い、
“良い人”に見える。
みんなに良い顔しようとしている。
世の奥様方を騙すのが上手い。
ホンマ、一言で言うと民主党は、
詐欺集団である。

アホの鳩山を筆頭に岡田、原口、枝野、安住、海江田、山井・・・
などまぁ有名どころ、どうですか、ホンマに良い人そうでしょ。
これに人の良い日本人は騙される。

まぁ、民主党にも人相が悪く、その人相通り中身も悪い、
小沢や山岡、石井など
見た目も中身も真っ黒なヤツもいるわけですが・・・。

「こんな人の良さそうな人が悪いことするわけがない。」

これです。
これが日本人の良いところであり、悪いところです。

人の良さそうな感じの人でも中身は全く別なんですよ。
しかも、アホであれば自分が良い事だと思ってやっていることでも、
実は日本が不利益を被ることだってある。
確信犯的にそれをやっているなら正に、
「英霊来世」では無いが(って彼らの専売特許ではないが)
正に売国奴なのです。

で、とりあえず今回は枝野です。

↓MSN産経ニュースより

枝野行政刷新相、「傍論といえども最高裁の見解」、
外国人参政権めぐる最高裁判決で

2010.3.5 20:35
 法令解釈を担当する枝野幸男行政刷新担当相は5日の参院予算委員会で、
永住外国人への地方参政権(選挙権)付与に関し、平成7年の最高裁判決が
判例拘束力のない「傍論」部分で「憲法上禁止されていない」との判断を示
したことについて、「傍論といえども最高裁の見解なのは間違いない。行政
府で(傍論と)異なる見解をとることは憲法に照らして許されない」と述べた。

 ただ枝野氏は、この最高裁判決に加わった園部逸夫元最高裁判事が産経新聞
の取材に「(同判決には在日韓国・朝鮮人を)なだめる意味があった。政治的
配慮があった」ことを明らかにした点について「最高裁判事は法と事実と良心
に基づいて判決をしているのであって、政治的配慮に基づいて判決したのは最
高裁判事としてあるまじき行為だ」と批判した。

 問題の判決は本論で外国人参政権を否定しながら、主文と関係のない傍論部
分で「国の立法政策に委ねられている」とした。永住外国人に地方参政権を与
えようという動きは、これを機に強まった経緯がある。

 一方、鳩山由紀夫首相は参院予算委で、地方参政権付与について「憲法違反
では必ずしもない」と改めて主張し、「世界の20カ国以上が認めている。そ
ういった国が滅びる方向に向かっているのか検証する必要がある」と述べた。
地方参政権付与に反対する国民新党代表の亀井静香郵政改革・金融相は「首相
が積極的にやろうとしているわけではない」と、首相を牽制(けんせい)した。

以上

枝野は弁護士です。

「傍論」とは、と説明すると長くて難しいんですけど、
「傍論は、判例としての法的拘束力を持たない。」
「判決文のうち判決理由と関係のない部分。」
が日本を含めた世界(もちろん法治国家)的に基本とするところです。
更に言うと日本には「傍論」そのものが存在しないことになっているそうです。

ですから、
この外国人参政権に関する最高裁判決での傍論部分で、「永住外国人に対し、
地方レベルの参政権を法律をもって認めることは憲法上禁止されていない」
としたことについては判決にはなんら影響の無い裁判官の傍論というよりも暴論、暴走
と考えるべきです。

更に、この判決に関与している元判事が、
「(一般永住者に)選挙権を即、与えることは全然考えていなかった」と語った。
同法案を政府提出とすることにも「賛成できない」と表明したとのことです。

もっと言うと、
外国人参政権付与促進に大きな影響を与えた中央大学教授の長尾一紘氏が、
自身の論文について、誤りであったことをすでに指摘し、この1月に否定している。
ということです。

論文中のドイツにおける部分的許容の当時の引用は、
現下の日本の実情に事即したものではない。
まして、民主党の針路とは根本的に異なることを、
「一方、鳩山首相は地域主権論で国と地方を並列に置き、
防衛と外交以外は地域に任せようとしている。
最先端を行くドイツでさえ許していないことをやろうとするのは、非常に危険だ」
と指摘し、根本から否定している。

以上のように外国人参政権についてこれだけ後ろ向きの事実があるのにも関わらず、
「傍論といえども最高裁の見解なのは間違いない。
行政府で(傍論と)異なる見解をとることは憲法に照らして許されない。」
とゴリ押ししなければならない理由などどこにあるのか?

枝野は弁護士であるのにも関わらず、傍論にどのような意味があるのか知らず、

それ以前に弁護士のくせしやがって、憲法を知らないのです。


日本国憲法第15条1項
公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。


これが全てでしょう。

民主党はマニフェスト記載の他の事項については悉く不達であるのにもかかわらず、
マニフェストに記載していない外国人参政権については蛇のようにしつこく通そうとしている。

それも僕らは悪いことしてませんよ、言うてエエ人面してやるところが、ホンマにあざとい。

こんなクソみたいな奴等にいつまでも日本を任せる訳にはイカンのです。
前回騙されて民主党に投票してしまった方々は、
とりあえず次回参議院議員選挙は日本を守る候補者なり政党に投票しましょう。
間違ってもイケメンやからとか良い人そうやからなどという安易な理由で
選ばないようにくれぐれもよろしくお願いします。

支那・朝鮮人の味方をする政治家など日本には不要です。

08 marzo, 2010

もっと労わりなさい



たまには靴も磨きます。
上写真向かって右のYANKOは先日のParis-Bruxellesの
石畳から僕の足を守ってくれました。
おかげでつま先はザクザクにささくれて、
雨勝ちの天気でろくに手入れもせずに
履いていたのでワックスはとれ、
雨が染み込んでいました。

とりあえず汚れを落として、クリームを塗って、
ワックスで簡単に磨きました。

そして、その隣スエードコンビがSaint Crispin'sです。
ほとんど勢いでパターンオーダーしたもの。
つい先日まで実家に置いていました。
昨日持ってきて、ついでに磨きました。
えらいもんで、高級靴は軽く磨くだけで、
あっという間にビカビカに光ります。
オーナーの言うとおりですわ。
Saint Crispin'sはYANKOのざっと3倍のお値段です。
YANKOも磨けば当然光りますがSaint Crispin's
ほど簡単ではなく、
輝きもそれには及びません(あくまでも僕の腕では)。

しかし、このブログでも書いていると思いますが、
不思議なもんで履き心地はYANKOの方がしっくりきます。
きつすぎず、緩すぎずほんまジャストサイズです。
ということで、先日の旅行でもフル稼働、
連日過酷な環境で頑張ってもらいました。
で、遅まきながらの今回の手入れとなりました。

一月ほったらかしにしてましたが、
手入れをしてやれば元通り、
革もしっかりしていて、まだまだ現役第一線で活躍できます。

なんや、そこまで愛着無いとか、
特に好きというわけではないとか言っておきながら

俺結構靴好きなんやんけ(笑
ただ靴に対する知識が浅いというだけやね。

05 marzo, 2010

ブーツ欲しいねん病


AUBERCYでみつけたブーツ、
オーダーということで購入を断念したブーツ、
最近、更に「僕もブーツ欲しいねん病」です。
もう季節は春なんですが「僕もブーツ欲しいねん病」です。

医者に行けばどんな症状でも
病名を考えてつけてくれるらしいですが、
今僕が医者にかかれば、
「あ~、あなたブーツ欲しい症候群ですよ。」
って言われそうなくらいにブーツ欲しい病です。

あ~、「やっぱParisで買っときゃよかったかな。」
と思ったりしますが、
圧倒的な言葉の壁、時間の壁、国境の壁の前に、
断念せざるを得なかったことを思い出して自分を慰めています。

もうスエードコンビを夏に向けては無いなと思うので、
この冬になんとか買えるようにお金貯めましょう。

ブーツといえばCinq essentielにTricker’sもあるか・・・
これなら今でも買えるかも・・・

まぁ、その前にASQUITH(でしたっけ?)です。
これは近々購入です。

26 febbraio, 2010

BMW E46 320i Msports


私の現在の愛車です。
以前乗っていたE30 M3は乗り心地や維持費の問題で、
奥さんから手放すように言われ、泣く泣く手放すことに、
でも、お互いの実家への行き来などを考えると、
車が無いと不便なので、やはり代わりの車を買うことに。

奥さんはそれこそDAIHATSU Miraとか、
「軽自動車で良いやん」と。
僕は、ついこの前までM3に乗っていたので、
Miraは無いなと、
Miraが良い車とかそうではないとか言っているわけではなく、
車そのものが比較対象にあるわけではないのです。
ただ僕の趣向がそちらにあるということですね。
できる範囲でその方向の車に乗りたいですと。

M3は昨年4月頃に手放し、
“結婚前の”僕が買うということと、
結婚後も僕がメインで乗るからということで、
色々と僕も譲歩した末に46 320に落ち着きました。
僕もあれこれ強気に出られるほど
バカバカ稼いでいるわけではないので、
46 320iは僕にはもったいない車だと思って、
今はそれなりに機嫌良く乗っています。

購入に際しては、
MACの宮本さんにえらいお世話になりました。
次の車もなんとしてでもBMWと思っていましたが、
現行型のE90のスタイルには今のところ全く興味が無く、
E87はどうせ乗るなら130i M-Sportやなぁと思うのですが、
3リッターの6速MTだったら前の車と何が違うんやとなるし、
やっぱり中古車でも高かったので却下、
値頃なE46に狙いを絞りました。
E46でも、どうせBMWに乗るならシルキーシックスに乗るべきだろうと、
直列6気筒モデルを探すことに、
それでも高排気量車は税金面での維持費で
奥さんに渋られるだろうと思いまして、
後期モデルの320i(2.2L)一本にしました。
この車、僕の想像以上に玉数が少なく、
程度の良いものは200万円近くなり、
結婚資金のこともあるから安く抑えたいなぁという
僕の希望には合わず、宮本さんには色々探してもらいました。
で、なんとか今の車を見つけることができて、
購入となりました。
まさか未だに外車に乗っとるヤツは金持ちというヤツはいない
と思いますが、まぁ色々とシビアに車を選ぶんですよ。
で、乗ってみての感想なんですが、
確かに6気筒は2リッターそこそこでも余裕の走りやなぁと思います。
しかも、当たり前ですが快適(笑。
この車に乗って確信したんですけど、
僕が好きな車は、4気筒でガンガン回すタイプのヤツ、
正に僕がこれまで乗ってきた
E36 318isとE30 M3なんだと思いました。
ボディもそんなに大きくないヤツ、
当然マニュアルミッションで。
でも、もう暫くこんな車には乗られないと思います。
仕事頑張って、自転車で体力低下を遅らせて、
もう少し稼いで、まだ僕の好きな車が世の中にあれば、
もう一度乗りたいです。

ある日あるお店でお昼ごはんを済ませ車に戻ると、
こいつが“僕の車のボンネットの上で”ひなたぼっこしていた。
かなり近寄っても逃げない、
そうしているうちに
次の餌食(エンジンの温かい車)がやってきた。
僕らは家に帰ります。
さっさとあっち行けや(笑

25 febbraio, 2010

新婚旅行に行って来ました(最終日編)

 全ての日程を終え、日本へ帰ります。
1月28日6時半頃に巨匠宅から我々と
巨匠夫妻もでかけます。
我々3人は日本へ、巨匠夫妻はフィレンツェへ
向かいます。
フィレンツェでPITTIがあるんですね。
PITTI FILATI 糸の見本市でしょうか。
(下の写真は当日の朝6時代の巨匠宅付近の道路の様子)

ブリュッセル南駅でタリスの乗車手続きをしまして、
ここで巨匠夫妻とはお別れ。
3月のCinq essentielのグランドオープンに合わせて3月中旬頃でしょうか、
に日本へ来られるとのことです。

巨匠ご夫妻、ホンマにお世話になりました。

で、予定より早めのタリスに変更してもらって、
ホームへ上がったんですが、
予定ホームに停まっている電車がその電車なのかそうではないのか・・・、
ギリギリになってこれに乗ろうと一か八かで乗りまして、
少しドキドキしましたが、どうやら“当たり”でした。

名残惜しむようにベルギーの景色を眺めていましたが、
少し眠ってしまいました。

程なく(9時頃)電車は
シャルル・ド・ゴール空港第2TGV駅(だと思います)に到着、

空港へ向かいます。

奥さんとオーナーは税関で「輸出認証スタンプ」を押してもらい、
ポストへ投函。

で、“PAUL”でモーニングを食べて、
搭乗手続きを済ませて、
オーナーは仕事、
我々は免税店をウロウロ、化粧品などを買っていました。
僕も母と義理の妹へおみやげを買いました。
13時頃の関空行きで日本へ。

帰りも耳栓のおかげで何事も無く無事到着しました。

翌1月29日午前10時頃に関空に到着、
ここでオーナーとお別れ、
オーナーは一旦お店に戻って大阪の展示会へ行くとか・・・。

僕達は三宮で昼食、うどんを食べました。
そして自宅へ帰り、
この旅行の間、奥さんの咳が止まらなかったので、
病院へ行きました。
旅行中も熱や頭痛などは無かったのですが、
巨匠夫妻やオーナーには心配をさせてしまって、
申し訳なかったです。

2人だけではないちょっと変わった新婚旅行でしたが、
オーナーの日程に合わせて行って正解でした。
向こうでは巨匠やはま子さんに通訳までしていただいて、
いつも日本で会うオーナーに日本ではない別のところで
会うというのもこれまた不思議なもので、
HOTEL LOTTIのロビーでオーナーや巨匠、はま子さんに
会った時は待ち合わせの場所に待ち合わせの時間だから
そこで会うのは当たり前なんだけれども、
それがParisであることが、なんかすげーなぁとか思ったり、

ふたりで写真撮りましょうとみんなが気を使ってくれて、
僕と奥さんとエッフェル塔とか、
僕と奥さんとアレクサンドルⅢ世橋とか
僕と奥さんとグランプラス市庁舎とか
僕と奥さんと小便小僧とか
僕と奥さんとアントウェルペンの哀愁漂う運河とか
多くのふたりの思いでも切り取ってくれました。

飛行機でえらい目に遭ってからもう海外はええわ
と思っていたのですが、心強い見方も見つけて、
奥さんはヨーロッパ好きですから、
これなら海外旅行もいいかもなぁと今は思っています。

近所のコンビニや三宮や大阪のデパートに行くかのごとく
フランス、ベルギーやイタリアなどに行くことは無理なのですが、
また行くことに決めました。

オーナーは毎年展示会などで行かれますし、
巨匠夫妻はベルギーがかなりお気に入りのようで、
日本で暮らす気は無いと断言されているようですので、
困ったことがあればこの二組を頼ればいいだろう、
(先方は迷惑千万かもしれませんが・・・)

何はともあれ無事に日本に帰ってこられました。
今はもう仕事漬けです。
改めまして巨匠、はま子さん、オーナー
ありがとうございました。

良い思い出ができました。
正にハネムーン期間は終わり、
いよいよ本当の夫婦としての生活が始まります。
皆さん、これからもよろしく

僕の奥さんの写真はNGなので、
最後に
男3人アントウェルペンのフローテ・マルクト広場にて聖母大聖堂をバックに

24 febbraio, 2010

新婚旅行に行きました(六日目編)

巨匠宅から見える朝のブリュッセルです。

そうそう行くこともない海外旅行なので、
疲れも溜まってきています。

朝一にはま子さんに近所の安くて余り有名ではなくて、
美味しいVan Denderというチョコレート屋さんに
連れて行ってもらいました。
ここで奥さんは会社の同僚などにおみやげを
買っていました。
ウチの奥さんははま子さんをえらく気に入ったようです。

さて、この日はかねてよりスケジュールに入れていた
アントワープに行きます。
オランダ語ではアントウェルペン(Antwerpen)
だそうです。
そして、この地域の公用語はオランダ語(フラマン語)
ということでここではアントウェルペンと言うことにします。

フランス語は極力ご法度で、
「Merci」も止めた方がいいそうです。
ということで英語で頑張れということです。

ブリュッセルよりも更に北に位置し、
寒さ対策は万全にして行くようにとお達しがありました。
洋服は4枚重ね着して、腹にはカイロを付けました。
ベルギーの新快速みたいなヤツで北上、
40分程度(だったと思います)で
アントウェルペン中央駅に着きました。
この駅舎がまたごつくて、

美しく飲み込まれそうな感じでした。

駅舎を出ますとブリュッセルより更に寒いアントウェルペンの
外気が待ち構えていました。
ホンマに寒いというか痛いというか固まります。
アントウェルペンの町並みです。
写真↓から寒さが伝わりますでしょうか?

色々なお店を“視察”しつつ、
腹が減ったので昼ごはんです。
ケバブを食べに行きました。
それぞれ選んで運ばれてきましたら、
僕の分だけ
やたらと量が多い。
やたらと量が多い。
やたらと量が多いんですよ。
訳も分からず頼んだらそれだったらしいです。
で、これの肉と芋をなんとか食べて、
お店を出ました。

アントウェルペン中央駅を西へずーっと歩きますと、
「フランダースの犬」で有名なアントウェルペンの聖母大聖堂が見えてきます。
ここでネロとパトラッシュが天に召されたんでしたね。
ネロが見たルーベンスの「キリストの降架」も見ました。
というか、「どれだったっけ?」と言いながら全部写真に納めて
日本に帰って調べたらこれ↓だったということでした。

聖堂内は静かで、厳か、身が引き締まります。

アントウェルペン市庁舎を撮影し、

運河の方へ向かいます。
この日一番の寒さ、風もきつく、空は鉛色、何も無い。

冬のヨーロッパです。

そして更にアントウェルペンを“視察”です。
あれやこれやと見て回りました。
途中、雑貨を扱う店に入ったり、奥さんは楽しそうに見ていました。
僕は寒さとケバブが恐ろしいほど腹持ちが良いことに参っていました。

ひと通り見まして、カフェで休憩して、帰ります。
駅までの途中で「DEL REY」でチョコレートを買って帰りました。

行き帰りの道中「飾り窓」エリアを電車が通過するのですが、
一応写真撮りました↓。

写ってませんね。
是非行って見て体感してください(笑。

ブリュッセルに戻りましたら、巨匠は日本語を教えに出かけられました。
オーナーは巨匠宅で仕事、
はま子さんがスーパーに買い物に行くということで、
奥さんとお供することにしました。
ブリュッセルも薄っすら雪が地表を覆っており、
より一層寒さを感じさせます。

これぞ冬のヨーロッパなんでしょう。
スーパーに着きまして、色々と棚に並ぶ商品を見ておりますと、
やはり、チーズの種類は多いですね。
なんや分かりませんけど、ようけありました。
それと、肉もうさぎやら鹿やら日本のスーパーには
絶対無いようなものもありました。
それと忘れてはならないものがビールです。
3種類くらい買って帰りました。
仕度をしまして、
さて、ご飯をいただきましょうとなったんですが、
昼に食べたケバブが全く消化されていません。
みんな美味しそうに食べていましたが、
僕は、ホンマに少ししか食べられませんでした。
ベルギーでトルコ料理にやられるとは、
出国前には全く想像もしていませんでした。

しかし、男同士の話も尽きることはありません。

23 febbraio, 2010

新婚旅行に行ってきました(五日目編)

五日目の朝、巨匠宅にて朝食をいただき、
ブリュッセル散策です。
この日は確か最初高級ブティック街
(ワテルル通り?)へ行きました。
GUCCIやらHERMESやらが軒を連ねていました。
奥さんはエルメスでワッカみたいな何かを探していた
ようですが、既に売り切れとのことでした(残念)。
僕は興味が無いのでそれなりです。

ワテルル通りを南下しまして、
ポウラエール広場側にある工事中の
ベルギー最高裁判所(Palais de Justice)を
防音幕越しに見て、
北西へ目を向けるとブリュッセルの町が一望できました。
ヨーロッパやなぁという感じの見事な景色でした。
そこからエレベーターで下に降り、
ミニメン通り(アンティーク街?)を北へ向かい、
ロータリーを東へ向かうと、

道すがら撮影した内臓の置物(医学用?)

お約束のピエール・マルコリーニがありました。
ブリュッセル内の色んなところにありそうですね。
ここで奥さんは大好きなエクレアを買っていました。
そこから程なく歩くと、ノートル・ダム・デュ・サブロン教会
(Eglise Notre-Dame du Sablon)
が見えてきました。

「ブリュッセルで最も美しい
 フランボワイヤン・ゴシック様式の教会。」
(ベルギー観光局情報)

だそうです。
ステンドグラス綺麗でしたよ。


その教会の前からトラムに乗りました。
下の写真は正に僕達が乗車したトラム

すみません、もうトラムに乗ったらどこへ向かったか
分からなくなりました。
巨匠について行くだけです。
どうやらルイーズ通りを東へ向かっているようです。
なぜ分かったかと言いますと、
めちゃ美味い“から揚げ定食”を食べることができる
お店に入ったからです。
そのお店の名前は「居酒ya」さんです。
本気のから揚げ定食が食べられてかなり満足でした。
店内は地元の方?と思われるお客さんもおり、
あっという間に満席になりました。
下の写真は“感動の”から揚げ定食



昼ごはんに満足しましたら、
晩ご飯の買い物を済ませて、
恐らく、今度は徒歩でルイーズ通りを北上したと思います。
道すがら色んなお店に入り洋服などを見て回りました。

そして、ロワイヤル広場
(広場中央にあるのは、12世紀末の第1次十字軍の
 指導者ゴドフロア・ド・ブイヨン国王の騎馬像。
 その背後にサンジャク・シェル・クーデンベルグ教会が建っている。)

を通って、更に北上し、アルベルティナ広場を通って
ギャルリー・サンチュベールへ到着したという感じだと思います。

広場辺りからグラン=プラスにある市庁舎の塔が見えるんですが、
綺麗ですよ。
それと共に「あ~、着いた!」って感じでもありました。

で、ギャルリー・サンチュベール内のカフェで
ベルギーワッフル商品名「MIKADO(みかど)」?を食べて、
またまたDelvaux(デルボー)へ向かいました。

実は、奥さんは今回の旅行で記念に
鞄(ええヤツ)を買うつもりでおりました。
エルメスにするかヴィトンにするか他の何かにするか・・・
だったのですが、ヨーロッパに行く前に巨匠から、
ベルギーにはDelvauxというオールベルギー生産の
素晴らしい鞄があると聞かされており、日本でも見ることが
できるかもと、あれこれ探したのですが、
大阪にあったはずのお店が、どうやら閉めており、
関西圏では見ることができませんでした。

そして、実際にベルギー初日にDelvauxに行き、
商品を見ましたらすごく良くて、かなり揺らいだらしく、
どれを買うべきか更に混乱してしまったようです。
結局その場では買わずに、持ち越しました。
六日目以降の予定も決まっており、買うなら今日(五日目)
しかなくなってしまったんです。

で、Delvauxへ入店しました・・・
3つ程候補があったのですが、オーストリッチのハンドバッグを
触らせてもらって鏡の前に立ったら・・・もう即決と言っていいくらいに
あっという間に決めてしまいました。
お値段は・・・あー、ダメだ言えない。
奥さんに言うなって言われてるから!

しかし、Delvauxの商品はエレガントで美しく、
しかも製作にもこだわっているから質実剛健でもある
極めつけはすべて自国生産!

日本も見習わなくてはとすごく思いました。
Delvaux恐るべしです。

そして、帰る道すがらにあったミニカーショップで、
懐かしの BMW E30 M3 のミニカーを衝動買い、
荷物を置きに巨匠宅へ戻り、
20時からのコンサートへ向かいました。

コンサート会場はめちゃめちゃ音響が良かったです。

指揮者はかなり変わった感じの人でした。
演奏も結構まとまった感じで良かったです。
でも、疲れてほとんど寝てました。すみません。
因みに、この晩は気温マイナス4度でした。

この日もブリュッセルの冬を満喫したのでした。

22 febbraio, 2010

新婚旅行記(四日目編)

1月25日(月)
7時30分、今日も朝飯美味かった。
並んでいるもの一通りいただきました。
ドライフルーツ系のものやハム、チーズ、パン・・・全部美味かったです。
8時30分から“考える人”像は無いかとセーヌ川対岸へ行きますが、
空振りに終わりました。
10時前にはチェックアウト、手続きも問題なく、
フロントのおじさんも「That's all OK!!」
と英語で言ってくれました。

パリ滞在中は「チップの類は必要ないです。」とのアドバイス通りに実行しましたが、
何の問題もありませんでした。
ホテルのドアマンにも一度もチップを渡しませんでしたが、
普通にドアの開閉をしてくれました。
今回の経験上、パリではチップは本当に必要ないようです。
渡せば、受け取る人はいるとは思いますが。

さて、今日はこれから巨匠の住むベルギーブリュッセルへ移動です。
ベルギーは、僕もこれまで馴染みの無い国でしたが、
巨匠がベルギーへ移住されてから、
行ってみたい国トップ3に入っていました。

ベルギーと言えば、ブリュッセルにEU本部があることと、
自転車界の英雄エディ・メルクスやヨハン・ムセウ
現役最高選手トム・ボーネンを排出した国くらいで、
観光スポットなど全く知りませんでした。

Thalys

9時50分パリに別れを告げ、ベルギーへ行くために、
メトロ:コンコルド駅からパリ北駅へ向かいます。
4日目ともなると、慣れたもので迷わずにパリ北駅集合場所へ到着しました。
ここで巨匠とオーナーと合流です。
11時過ぎ頃のThalys(タリス:新幹線のような乗り物)で一路ベルギーへ。
1時間程度でブリュッセル南駅に着きました。
駅から外へ出ますと、緯度が上がるだけあってパリよりも更に寒かったです。
駅からタクシーで巨匠宅へ、パリとはまた違った町並みで、
例に漏れずおしゃれな感じです。
巨匠宅へ着きますと、はま子さんが出迎えてくれました。
荷物を置き、お昼ごはんをいただきまして、早速ブリュッセル観光に出かけます。
地下鉄に乗り、(確か)ブリュッセル中央駅で降りて、
ブリュッセルで一番有名な観光スポットグランプラスへ。
事前に“歩き方”などで写真は見ていましたが、実物はホンマにでかく、
美しかったです。
中でも市庁舎は圧巻です。

グラン=プラス(市庁舎)

グランプラスでひと通り写真を撮り終えまして、

ベルギーと言えばお約束の小便小僧。
市庁舎の裏手にありまして、
我々が行った時も観光客が写真撮影していました。
大きいわけでもなく、観光スポットというには迫力に欠ける・・・。
小便少女などには構う間もなく、
ギャルリー・サンチュベールへ、ここはなんですかね、
ベルギーの小洒落たアーケードみたいな感じですかね。
ディスプレーも鮮やかで、それぞれ個性があり、楽しかったです。

ギャルリー・サンチュベール

Delvaux(ギャルリー・サンチュベールにて)

Delvauxにて後日、メイク・ミラクルが起きました。
後日エントリーにて書いてみます。

そのままギャルリー・サンチュベールを
南下して・・・巨匠がいることに安心して、地図持たずに
うろうろしたんでもうどの辺あるいたかよう分かりません。
うちの奥さんが靴の愛称が悪く、カンペールでスニーカーを買っていました。
(そのカンペールはもちろん日本でも活躍しています。)
その後はベルギーファッション事情を調査すべく、
巨匠とオーナーを先頭に僕達は後ろから着いていくのみ。
色んなお店に入りました。
日も暮れかけ、寒くなってきたのでカフェへ入り、
VEDETTとDuvelというビールを飲みました。
ベルギーにて初ビールです。
どのように表現したら伝わるか分からないのですが、
美味かったです。

20時、はま子さんと合流して晩ご飯こちら↓で

Amadeo(スペアリブが美味く食べ放題なお店)

Amadeoさんにていただきました。
ワイワイガヤガヤ店内はお客の楽しい声で大盛況です。
僕達も着席し、スペアリブを美味しくいただきました。
こちらではHoegaardenとワインをいただきました。
食べ放題でしたが、ひとつ半が精一杯でした。
こちらの店員のジョニー氏(イタリア系?)が楽しい男でした。
この日の晩ご飯は特に楽しく、5人はアホな話ばかりで
盛り上がりました。

Amadeoさんのスペアリブ(陽気な男ジョニーが持ってきてくれました。)


*ベルギーでの出来事については日にち、時間が頭の中で
 整理できていないので、写真を見ながら書いたのですが、
 ついでに掲載してみました。

20 febbraio, 2010

新婚旅行(三日目編)


1月24日(日)
今日もホテルの朝ごはん美味しかったです。
10時頃にオベリスク下であつし君とバスク料理のあつし君と待ち合わせして、
クリニャンクールの蚤の市に連れて行ってもらいました。
Wあつし君は巨匠と休日を楽しまれる予定だったと思うのですが、
無理を言いまして僕たちにも付き合ってもらいました。
ありがとう。
お2人はこちらで頑張る料理人さんです。
いずれは帰国されてご自分のお店を持ちたいそうです。
その時には是非食べに行きたいですね。
目的地のクリニャンクール、
どこにあるのか全く分からなかったのですが、地下鉄であっという間に着きました。
スリやひったくりに注意な町らしく、警戒しまくりです。

実は、クリニャンクールの蚤の市と言いますが、
僕はこの時まで、“クリニャンクール”という名前の蚤の市だと思っていました。
クリニャンクールとは地名というか、Porte de Clignancourt駅という駅があって、
そこの近くにある蚤の市なんですね。
しかも、パリ市内だけでもヴァンヴとかモントルイユとか各地に蚤の市があるんですね。
色々行ってみる価値ありです。

Porte de Clignancourt駅に着きまして、
地下鉄から地上に上がると確かに雑多な感じでパリ中心部とその趣は全く違いました。
蚤の市エリアはとても広く、目的なしでは疲れそうな感じでした。
蚤の市エリアに入って暫くは、アフリカ系のごついお兄さん達のお店で、
かなりビビります。ホンマに怖いです。何もしてないのに襲われそうな感じです。
やっとそれっぽいエリアに入りまして、
巨匠とWあつし君、僕と奥さんに別れてうろうろしました。
家具、調度品ピンからキリまであらゆるものがありました。
何か買う予定があったわけではなかったのですが、
ウィンドウショッピングに終始しまして、
あっという間に集合時間になりました。
ここはこれを買いたいと思って行かないと何も買えないですね。
言葉の問題もありますし。
でも、見ているだけでも楽しく、
本当に掘り出し物があるかもしれないニオイはしていました。
13時、蚤の市外れにあるバスクのあつし君が行くオムレツのお店に行きました。
ワインとオムレツとハムなどをいただきました。
ここのお店のアメリカ人っぽい店員が結構ツボでした。
続いて、僕の希望でエッフェル塔へ向かうことにしました。
ヨーロッパに住む3人にはべたべたなチョイスなのですが、
以外にもこの3人はまともにエッフェル塔に行ったことがないとか、
「そら行っとかなあかんやろ。」ということで、
3人も意外と楽しいかもということで5人でいそいそと向かうこととなりました。
エコール・ミリテール駅で降りまして、シャン・ド・マルス公園を北東へ向かいますと
エッフェル塔が見えてまいります。
当然上ろうということになりまして全員で展望へ。
天気は曇りだったのですが、パリの街が良く見えました。
北を見れば凱旋門、北東にはサクレクール寺院、
東下を見れば歩いてきた大きなシャン・ド・マルス公園を一望、
南西にはセーヌ川の中のシーニュ島南端にパリの自由の女神、
南、南東にはなんやかんや(すみません、よく分からないです)が見えました。
3人も“初めて見る”景色に大変よろこんでもらえて
“初”フランスの僕としても良かったと思いました。
軽く興奮した後はカフェで休憩です。
他愛の無い話で楽しんで、暗くなってきましたので、Wあつし君達とはここでお別れ、
Wあつし君ありがとう。また会える日を楽しみにしています。
義父へのおみやげを買うべくロダン美術館へ向かいました。
ところがというかやっぱりというか17時半頃に着きましたが、
既に16時30分に閉館していました。
“考える人の置物”は諦めてホテルへ、
ホテルへの道中、ナポレオンが眠るアンヴァリッドの頭を見て、
アレクサンドルⅢ橋のごっつさに驚き、
グラン・パレがグランなことに驚き
プティ・パレが全然プティじゃないことに驚き、
シャンゼリゼで石畳をまた眺め、
ホテルで荷物を置いて、晩ご飯を食べに出ました。
道中、フランス有名メゾンのショウウィンドウを眺めて目的地「ラーメン ひぐま」へ
ラーメンが日本食か否かは別にして、特別美味いわけではありませんでしたが、
良く知っている食べ物を食べることができてほっとしました。
巨匠のナイス判断でした。
お店は行列ができており、
座席に着くと周りには器用に箸を“操る”外国人が多数。
従業員が支那人ばっかりなことに憤りを感じつつラーメンをすすりました。
パリ最後の夜はラーメンで締めくくりました(満足)。

*トップの写真は夜のコンコルド広場、オベリスクです。
 パリ滞在中毎日ここを通っていましたが、
 ツール・ド・フランスのパリゴールの最終周回の最後のストレートへの
 つなぎのこのコンコルド広場のカーブは最終日の勝敗を決める大きな
 ポイントとなる場所です。
 自転車なんか一台も走っていなかったのに毎日
 眺めてはひとりはしゃいでいました。
 昨年のカヴェンディッシュの勝利のシーンが目に浮かびます。

19 febbraio, 2010

新婚旅行行ってきました(二日目編)


1月23日(土)
9時前ホテルの朝食を食べる。
バイキング形式で種類多く、めちゃめちゃ美味かった。
10時前ホテル出発、北西へ進むとマドレーヌ教会。
初めて見た。いちいちすごいです。
奥様の希望で「FAUCHON」へ行きます。
様々な食品を見ておみやげを買っていました。
続いて奥様が予定していた「Obrey」での電池交換へ向かう。
電池交換に1時間かかるとのことで、その間に近所にあった
「BOUTIQUE SAINT JAMES MADELEINE」
で弟にバスクシャツを買ってやった。
日本でも買えるのになんでこっちで買ったんやろ?
安かったからええか、ってな感じです。

1時間後改めて「Obrey」へ、
おじさんが丁寧に迎えてくださり、
長い間眠っていた時計は再び時を刻み始めました。
この電池交換、なんと無料!
感謝です。
つたない英語で感謝を述べ「Obrey」を後にしました。
中々上品な紳士でした。
チュイルリー公園傍にあるホテルからこの界隈へは比較的
近く、昼を食べるには時間が早いことから、
あの「AUBERCY」へ行くことにしました。
買うつもりは全く無かったのですが、どうせフランスに
行くんやから店の前くらいは通りたいなぁ程度で、
地図上の位置は確認していました。
マドレーヌ教会の北側を東へ歩き、北側にガルニエ宮(オペラ座)
を見、大してオペラ好きでもないくせに軽く興奮して、
イタリアン通りとオスマン通りの交差点を南へ、
リシュリュー通りからサン=マルク通りへ、
ヴィヴィエンヌ通りを軽く北上すれば有りました「AUBERCY」。
ホンマに渋い店表でした。
ショーウィンドウには様々な靴がディスプレイされていました。
引き寄せられるままに店内に入りました。
店内ではマダムとその友人らしきご夫人が談笑、
それに若い女性店員がひとり。
「見せてもらってもいいですか?」
と声を掛けて店内の商品を見て回りました。
大して靴の知識もありませんでしたので、直ぐに見終わり、
ブーツが欲しくなったので、陳列されていたブーツを見せてもらいました。
かっこよくて
「これが欲しいんだけど。」
と英語で言いますと、
女性店員さんは英語が分からないらしく、
マダムに「どうしましょう。」
みたいな感じで相談していました。
そうしましたら、マダムと談笑していた
真紅のダッフルコートが魅力的なご婦人が、
「私は英語とフランス語が喋られるのよ。私が通訳してあげるわ。」
と出て来られました。
で、そのご婦人いわく、
「これはオーダーで16万円、2ヶ月かかります。」
とのことでした。
あぁ、ややこしいなと思って、それは諦めて、
「僕の足に合う靴を試着させてください。」
とお願いしましたら、椅子に座らせてもらって、
色々出してもらいました。
正味、カッコいい靴ばかりではなく、
“あくまでも僕の個人的趣味で”「これはいらんわ。」
みたいな靴もありました。
このあたりは冷静に見ていましたが、
おぉ、これええなぁという靴がありましてサイズもまぁぴったり
で10万円を切る価格でした。
これええわ、これにしよ。と即決でした。
その靴はそのウチ御披露目できると思います。
ちょうどセール時期であったこともこの価格で買えた理由だと思います。
良い買い物ができたと思っていたのですが、後に分かったことですが、
VAT払い戻し手続きを知らず(恥)その書類を貰わずに帰ってしまいました。
まさか自分がこんな高額な買い物をするとは思わなかったもので、失敗しました。
因みにこれをきちんと手続きすると約2万円更に安く買えたことになるそうです。
まぁ、楽しい買い物だったし、こうしてブログに書いて皆さんにバカにしてもらえたし、
PAYできたと思うようにしています。

*今、書きながら残念に思うことは、
 「AUBERCY」に関する写真を一切撮っていなかったこと。
 ホンマに興奮してたんやろな。
 
「AUBERCY」で靴を買い、ホテルの近所でパンとキッシュを買いまして一旦
ホテルに戻って昼ごはんを食べました。
その後、巨匠とはま子さんと合流、
奥様が行きたかったボン=マルシェ百貨店へ向かいました。
こちらは世界最初の百貨店だそうです。
日本に帰ってきて調べて知りました。
フランスではあれこれ建物がいちいちカッコいいんですが、これも例に漏れず
見事な建築物でした。
ここの食料品館で色々物色。塩、胡椒・・・買ってました。
ここで、はま子さんはベルギーへ帰るとのことでひとまずお別れです。
巨匠と3人でホテルへ戻りました。
このホテルのトイレもいちいちすごいんですが、
もう説明するの面倒ですので割愛。
そして、晩ご飯を食べるべくシャンゼリゼ通りを東へ。
ここはツール・ド・フランスのパリゴールであまりにも有名。
多くの観光客は上を見上げたり、周りの景色を楽しんだりするんだろうと思いますが、
僕は、車道の石畳に釘付けでした。
「おー、ここをランスもコンタドールもアンディも走ったんやなぁ~。」と。
奥様と巨匠はこいつアホかと思っていたと思います。
なんとか晩ご飯にありついて、23日も無事に終了しました。

*トップの写真はお約束の凱旋門、ちょっと傾いているのはご愛嬌ですよ。

18 febbraio, 2010

新婚旅行行きました(初日編)


平成22年1月22日(金)
正午過ぎ 関空出発
行こうか行いくまいか悩んでいたのですが、
人生で一度だけということで行ってきました、新婚旅行。
離着陸時に“耳抜き”が上手くできないということで、
嫌いな飛行機にも乗りました。
備忘録的な内容となっていますが、
お楽しみいただければ幸いです。

同日
フランス現地時間17時半頃CFG到着
フライトの後半は本当に疲れて、
いつ着くんかいなぁとモニターばかり
見ていました。
CDGから予め日本で予約していた
日本語の喋れるフランス人ドライバーのリムジンに乗る。
このドライバー、最初は機嫌が良かったが、
週末の渋滞で車が進まないとイライラし出して、
僕らへの対応もぞんざいになってくる。
長旅で疲れており、思わずこのドライバーに
文句を言いかけるが、隣に奥様がいることに
気づき、我慢する。
「フランス人なんてこんなもんよ。」
と自分に言い聞かせ、色々言ってやりたいことを我慢した。
本当にこれが普通なんだと思います。
だから、人間関係にはとても繊細な日本人は、
彼らのこういった態度を見て、びびって、
大人しくなってしまう人もいるかもしれませんが、
彼等はこれで普通なんだと思います。
思ったことを言えば良いと思います。
必要以上にへりくだることもありません。

19時頃パリ宿泊先の「HOTEL LOTTI」到着
同ホテル1階ロビーにて、
オーナーと巨匠とはま子さんとご対面、
時間が押していたため、感動に浸る余裕も無く、
直ぐにチェックインして巨匠に予約していただいていた
巨匠の友人あつし君の勤め先のビストロへ直行
恐らく20時過ぎにお食事開始
他愛の無い楽しい会話とフランス人が普段着で楽しむ夕食を
味わい、疲れていましたが美味しいワインをいただき、
10時半頃でしたか11時でしたか・・・
全員ホテルへ帰りました。
当然直ぐに寝てしまいました。
お世辞抜きでホンマに美味しかった。
ついでにおごって貰った。
ご馳走していただいた方、改めてご馳走様でした。

このあつし君とは日曜日に再開することとなります。
面白い男でした。

パリは世界中からの観光客を魅了するだけあって、
初パリの僕も空港からホテルへの道中目に入る建物に
いちいち感動していました。
この日からの一週間が楽しみになってきました。

*僕にとって重要な“耳抜き”ですが、
 日本でオーナーにお勧めいただき、
 「旅道具」さんというお店で即買いした
 飛行機専用の耳栓サイレンシア・フライトのおかげで、
 行きも帰りもまったく耳が痛くなることはありませんでした。
 これはスグレモノです。
 

*トップ写真はヴァンドーム広場(Place Vendôme)
 僕達が宿泊したホテルの直ぐ北にあり、
 パリで一番最初に撮影した観光名所の写真がこれです。
 詳しいことは忘れましたが、中央の柱のてっぺんには
 ナポレオン像が建っているらしいです。
 いちいちすごいです。

17 febbraio, 2010

コーチの価値


2月14日日曜日午前は、
まるまる女子モーグル観戦になりました。

観ていると僕ら素人でも、
やれカービングターンだの、
やれバックフリップだの、
日ごろ接することのない専門用語を
その間だけ覚えて、
はぁ、なるほどこの選手はターンが上手いから、
雪上を滑らかに速く滑ってるわ、
とか
この選手のスリーシックスティー(360°エア?)
は体の軸がぶれてないから綺麗やな。
とか、
いっぱしの専門家よろしく
にわか評論家になることができます。

そんな素人の僕がモーグルを観ていて、
素朴に疑問に思ったことが、

この競技は採点基準として、
ターン50パーセント、
スピード25パーセント、
エア25パーセント
の合計100パーセント30点満点で、
採点しているということです。

ということで、見たまんまターン技術に
重きを置く採点をしているということですね。

ということは、選手は当然このターンの
練習を最重要していると思ったんです。

ところが、上村選手はそこに気づいていなかった
んじゃないのか?と思いました。

と言うのも、上村選手はこれまでエアにこだわって
練習してきたというのです。
そして、前回大会のトリノで、3Dエアを成功させたのにも
かかわらず5位に終わって、
「一体どうすればオリンピックの表彰台に乗れるのかが…ナゾです…」
とのコメントを残しています。

いやいや、他の選手は間違いなくターンの練習を中心にやってますよ。

単純にカービングターンが上手くなればスキーを縦に滑らすことができて、
それによりスピードが増します。
この二つだけでも採点の75パーセントを占めます。
更にスピードに乗って踏み切ることができれば
エアにも良い効果が出るでしょう。

そこで、やっと2006年シーズンからヤンネ・ラハテラコーチを
招いてターンとスピードの練習に集中したというのです。

ホンマにめちゃめちゃ頑張ってはると思うんですけど、
どうもその方向性が間違えていたんじゃないかと思います。

上村選手はオリンピックのメダルにすごくこだわっていました。
だったらなぜそこに着目しなかったのかと思います。

1998年長野大会から参加して、ソルトレイク、トリノ、バンクーバー
と4度もチャンスがあってトリノオリンピックが終わるまで、
エアにばかりこだわって練習していたのであれば、
すごくもったいないことだと思いました。
良い選手であるだろうだけに。

こんなこと言う人いないと思うし、
人ごとだけど普通にめちゃめちゃ気になりました。
コーチとか誰か忠告してくれる人おらんかったんかいなぁと。
本人は常に煮詰まっているだろうから、
コーチが、
「エアにこだわるのもいいが、メダルが欲しいならターンを磨け。」
と言い説き伏せると思うけどなぁ。
そこがコーチの値打ちやと思います。

*トップの画像はシャンゼリゼ通りの“石畳”を
 コンコルド広場側から凱旋門方面に向かって撮影したもの。
 ツール・ド・フランスで逃げたい選手は
 この道の側溝ギリギリを使ってアタックするそうです。
 でも端から端まで石畳だと思うんだけど・・・

16 febbraio, 2010

JAM



ベルギーの列車事故、
18人の方々が亡くなられたそうです。
驚いたと共に、真っ先に現地に住む友人の身を案じた。

僕がこのニュースを知った夜のニュースでは早速、
「現地日本大使館の情報によると
 日本人が事故に巻き込まれたとの情報は入っていない。」
とのことです。

この手の海外の大規模事故ニュースを見る度に、
頭の中をグルグル回る歌があります。

THE YELLOW MONKEY / JAM(吉井和哉 作詞作曲)

~外国で飛行機が墜ちました
ニュースキャスターは嬉しそうに
「乗客に日本人はいませんでした。」
「いませんでした。」
「いませんでした。」~

というくだりです。
イエローモンキーというバンドの名前も
何も知らずにこのネーミングを見れば、
なんとも自虐的で更にこの歌詞ですから、
この人ら・・・
と当時の僕(高校生くらい)は思いました。

吉井氏はこのくだりよりも
本当に伝えたいメッセージはその後の
「こんな夜は逢いたくて」以降の方が大切である
と言った趣旨のことを語っており、
既にこの歌詞についてなど議論しつくされていると思うのですが、
それでも僕の中では事故がおこればこのくだりがよみがえります。

「現地日本大使館の情報によると
 日本人が事故に巻き込まれたとの情報は入っていない。」
という情報が流れた時、
とにかく僕は「あ~、良かった。」と思いました。
その時に亡くなられた方やケガをされた方のことを
思ったかと言われれば、
「思わなかった。」
日本人が巻き込まれていなかったことが分かった後に、
「気のどくやなぁ。」くらいは思ったかもしれません。

JAMはこんな僕のような人間に対する
あからさまな“批判メッセージ歌”だと思うのですが、
画面に向かってお悔やみ申し上げますとも思わない僕の
心根を抉って世の中の批判に曝し上げるのです。
こいつはこんなにひどいヤツだと。

自分はというと僕は他の被害者のことが心配でなりませんとの
ポーズを取って善人ぶっている。

じゃあ、お前はどんだけ聖人君子やねんと
反発してしまいます。

お前は世界中の飢餓に苦しむ人々も、
圧政に抑圧されている人々も
全ての人を開放できるのか?と

吉井和哉氏が例えば飛行機事故で亡くなった方々の
遺児達に毎年寄付をしています。
とか、
ケガで後遺症に苦しむ人たちに例えば車椅子を送った
とかいう話は聞きません。
こんなことは表だってやることではないですが、
漏れ聞こえる話すら皆無です。

要するにこういうことなんだと僕は思っています。
そこまで相手を慮るということは、
その人の今から未来の時間にまで
思い、行動に移すことこそです。

僕が命をかけて幸せにしたいとか、守りたいと
思うのは奥さん、母親、兄弟など家族で、
できる範囲でなんとか力になりたいと思うのが、
親戚や友人、
なんとなく気が合いやすいのが関西人、
感覚を共有できるのが日本人、

結構分かると思うのが、
歴史ある国の国籍を持つ方々、
経験上ヨーロッパ方面に多いと思います。

アフリカ人とは話をしたことも無いので分かりません。
南米の方々も同じく。
北米人は理解できないことが多いです。

完全に独断偏見によるものですが、
多くの人はこんな感じなんじゃないですか?
なんだかんだ言ってもやはり家族までです。
最大で公共性を共有できる日本人までです。

要するに、日本人であれば日本を常に意識することが
当たり前で、ブリュッセルの電車事故の件で言えば、
日本で報道するんだから基本的に日本人に向けての放送なので、
「あなたの家族や日本人の友人が巻き込まれているという情報は
入っておりません。」
と伝えるのは日本のメディアなんだから極当たり前のことだと思うのです。
ベルギー人の友人がいてその消息が気になるのであれば、
安否確認の方法などはいくらでもあると思います。
気になる人は当然そこまでするだろうと思います。
ただ、日本のメディアが日本国内で放送するのに、
そこまでの必要は無いだけのことです。

JAMはそれはおかしいんじゃないの?
と言っているように僕には聞こえるんです。
「こんな夜は逢いたくて」以降の方が大切といっても
その前の“この歌詞”のメッセージ力が強すぎるものだから、
当時も議論の対象になったんだろうと思います。

たかが歌ですが、されど歌。
この歌が多くの人の心を動かしたことは事実ですから、
みんなそんなこと思ってるんかなと思ったらちょっと心配です。

日本で日本人の安否だけを報道することが正しいのか正しくないのか、
アンケートとってほしいくらいです。
僕は、正しいと思うのですが・・・

だって、こんなこと言い出したら海外の津波とか地震とかでも、
当然日本人が被害に遭うこともあると思いますが、
20万人が亡くなられたとかいいますが、この方々全てについて、
例えばお名前とか放送するわけですか?

阪神・淡路大震災では死者名については死亡が確認された方については
全て放送していました。
外国人の日本在住者の方についても放送していたと思います。
ご覧になられた方も多いと思います。
これはやはり、
日本においては大事な情報だったから
6千余人のお名前を放送したのだと思います。

ですから、僕はJAMという歌のこの部分は間違えていると思います。
何が大事かを分かっていないのは吉井氏だと思います。
5分程度の歌に綴られる歌詞は全て作者にとって大切なものだと
受けては感じます。
彼はプロで作品を世に出してそれで金を稼いでいるだから、
その作品に対して責任があります。
僕はこれについて、もっと知りたいです。
彼が何を思ってこの詞をつくったのか。

この電車に知人が乗っていなくて本当に良かった。
僕にとって「日本人はいませんでした。」
は正に朗報でした。
亡くなられた方々、ケガをされた方々には誠に申し訳ないと思うが、
間違いなく朗報でした。

*トップ写真はベルギーの美しい街並み

10 febbraio, 2010

そういうことか、勝谷


勝谷誠彦氏が執拗に民主党、というか小沢一郎を擁護するので、
なんでかいな?
と思っとりましたが、なんとしっかり小沢から貰っとったんですね。

小沢一郎側が総務省に提出した書類から分かります。

http://www.soumu.go.jp/senkyo/seiji_s/seijishikin/contents/000025218.pdf

上記は総務省が一般に公開している書面です。
これ以外にも改革国民会議(旧自由党の政治資金団体)からも貰っとるみたいやし。

更に、「世論社」という勝谷誠彦氏が役員の法人があるようでして、
民主党議員のWEB製作やコンサル業務でとりあえず
約1000万円程度稼がせてもらっているみたい。

なるほど、やっぱ貰うと言えんわな。

竹島のことや、大東亜戦争のことなど納得させてもらうこと
多かったけど、この件を始めとして最近の勝谷氏については、
ホンマに目も当てられんわ。

結局お前も金かい!

政権交代ありきで考えるから、
ホンマに大事なことが見えてないわ、このおっさん。

政権交代のためやったら



外国人参政権が可決されてもええんか!?
人権擁護法案が可決されてもええんか!?
日本人をないがしろにするバカが総理大臣でもええんか!?
起訴するに足る資料が無いだけで、限りなく“黒”の
糞狸が公党の幹事長でもええんか!?
売国ババアが法務大臣でもええんか!?

小沢の太鼓持ちやって、日本が特亜三国に汚染されたらあんた、
どないして責任取ってもらおうかいね。

*トップ写真は言わずと知れたLa tour Eiffel
 べっぴんさんです。
 そのうち旅行記かくかもしれません。

09 febbraio, 2010

なんともな話


うんうんと思いながら観ていました。
一昨日の「たかじんのそこまで言って委員会」です。
大阪学院大学教授の國定浩一氏と株式会社シナガワの品川隆幸社長です。
昨今の不況の煽りを受け、悲鳴を上げている中小零細企業について、
「しんどいなら辞めなはれ」
「嫌ならやめなはれ」
「まだまだ仕事はある」
と仰います。
それに対して國定浩一氏は
「やめたくてもやめられへんのや」
と仰います。
やめようにも借金がかさんで首が回らん社長さん達が多い。
更に今の状況をつくったのは他の誰でもない
小泉・竹中だと仰います。

品川社長はそれこそ血尿がでるほど頑張って
今の会社を立て直したそうです。
今現在は不況では無い、これが普通だと仰います。

僕はこれを観ながら思いました。
まず、今の自分は衣食住足りているから毎日の生活には満足しています。
しかし、多くの中小零細企業の社長さん達は日々の資金繰りに苦労されている
ようです。それこそ首を吊る寸前のところまできている人もいるかもしれません。

なんとかしなければならないことには違いないのですが、
品川社長は血のションベン出してでも頑張れ、
それができなければ辞めて次の方法を考えなさいと仰います。
一方この大不況の要因のひとつとして小泉・竹中構造改革がある。
と國定浩一氏は仰います。

國定浩一氏は品川社長の仰ることは勝ち組の論理だと。
世の中の全ての社長がゴリゴリ押して、ガツガツ前に出て、
上手く儲ける社長ばかりじゃないんだと。
いわゆる職人気質の社長、ものづくりの才能はあるけれど、
儲ける才能は無い社長、まぁ押しの弱い社長、
など色んな人がいる。
品川社長の言うように出来る人は良いよ。
しかし、そうできない人が大半なのに辞めて直ぐに次に行けと言われても
そう簡単にできますかいな、と。

うんうんとうなずきながら聞いていました。
やらんとしゃあないんです。
ですが、我々庶民は上がこうやと決めたらそれに合わすために
血のションベンまで出さんと“生きていけないのか?”

朝8時から夕方5時まで一生懸命に
仕事をしただけでは生きていけないのか?

日本のものづくりは世界一なのに首を吊らないといけないのか?

國定浩一氏は完全に小泉・竹中構造改革の失政が多くの要因を
占めていると断じています。

僕もそう思います。
全ての社長が品川社長のような人間ではない。
全ての人が真面目に働けば普通に生きていけるような社会がやはり
素晴らしい社会だと思います。

普通に生きるの普通とは何か?

と問われましても回答に困るわけですが、
漫画美味しんぼから下記のことばを借りることで回答とします。

「いやぁ、立派になんてならなくていい。
食べたい時にとんかつが食べられるくらいがちょうどいい。」

昨日、某大手企業の営業マンと食事をする機会があったのですが、
「毎日時間に追われています。」
「No残業Dayもあって19時には電気が一斉に消えるんですが、
 みんなスポットの蛍光灯付けて仕事してますよ。
 No残業Dayなんて表向きだけです。」
とおっしゃっていました。

我々の意向に関わらず、経済のグローバル化は周知の通り止まることなく、
価格競争にも巻き込まれ、我々は無理をせざるを得なくなっているんですが、
そこを上手く舵取りしてくれるのが政治じゃないのかと、
竹中は自由競争をより先鋭化させ、勝ち組にはより儲けさせ、負け組みには
どんどん首を吊らせたと。

こんなのは豊かな社会では無いと思います。
國定浩一氏は恐らくいわゆる勝ち組の部類の方だとお見受けしますが、
こういった方々に仰っていただかなければ、庶民は浮かばれません。
なんとも難しい話ですが、國定浩一氏の仰りたいことが良く分かる話でした。
もちろん品川社長もバイタリティーのある素晴らしい方だろうと思います。


*トップの写真はパリの僕たちが泊まったホテルを
 バンドーム広場側からチュイルリー公園方面へ向かって撮った写真